EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ダリュス・ギレナス・スタジアム
© Augustas Didžgalvis / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q1583616

ダリュス・ギレナス・スタジアム Darius and Girėnas Stadium

Dariaus ir Girėno stadionas

カウナスにあるリトアニア最古・最大の競技場。1924年、飛行家ステポナス・ダリュスらが湿地を造成して築いた多目的スポーツ施設で、幾度かの改築を経て2022年に全面再建された。1933年に大西洋横断飛行で散った二人の飛行士の名を冠する。

FIG. 02 — Location54.8972° N 23.9369° E
リトアニア カウナス郡 カウナス
§1 — 概要

概要

ダリュス・ギレナス・スタジアム(Dariaus ir Girėno stadionas)は、リトアニア第二の都市カウナスの森林公園アジュオリナスに位置する、同国で最も古く、最も大きな競技場である。1920年代に多目的スポーツ施設として築かれ、サッカーと陸上競技を中心に、いまもリトアニアを代表するスポーツの舞台であり続けている。名は、1933年に大西洋無着陸横断飛行のさなかに散った国民的飛行家ステポナス・ダリュスとスタシース・ギレナスに由来する。そのうちダリュス自身が、この競技場の生みの親の一人でもあった。

歴史

1921年、カウナス市はアジュオリナス公園の約3.5ヘクタールをリトアニア体育連盟に貸与した。連盟会長で飛行家・スポーツ人のステポナス・ダリュスは、技師ケスティティス・ブロタとともに計画をまとめ、湿地を造成して競技場を築いた。1923年に構想され、1924年9月に開場式が、1925年に完成をみている。当初はサッカー場を陸上トラックが囲み、片側に2,500人ほどの木造観客席を備える素朴な施設であった。1935年から36年に国有化されて改修・拡張され、「国立競技場(Valstybinis stadionas)」と名を改めて、当時の首都カウナスを代表する競技場となった。ソ連時代の1969年から79年には大規模な改築が行われ、木造の観客席は鉄筋コンクリートの二層スタンドに置き換えられた。リトアニア独立回復後の1993年、競技場は両飛行士の名を冠し、傍らに記念碑が建てられた。2018年から2022年にかけては全面的な再建が行われ、屋根に覆われた約1万5千席の近代的なスタジアムへと生まれ変わった。

建築的特徴

一世紀におよぶ歴史のなかで、この競技場は幾度も姿を変えてきた。当初の木造観客席に始まり、1930年代の近代的なスタンド、ソ連時代に持ち込まれた無骨なコンクリートの構築、そして2022年に完成した曲面の屋根をいただく現在の姿へと、各時代の建築のありようがそのまま積み重なっている。現在のスタジアムは、観客席全体を覆う大屋根と暖房を備えたピッチをもち、UEFAの最上位カテゴリーの基準を満たす。スポーツ用に約1万5千席、コンサート時には立ち見を含めて数万人を収容できる多目的施設である。森に囲まれた立地と、隣接するリトアニア体育大学やスポーツホールとともに、一帯はカウナスのスポーツの中心をなしている。

意義・現在

ダリュス・ギレナス・スタジアムは、独立期リトアニアが自国のスポーツ文化を立ち上げた、その出発点に建つ。国内最古のスポーツの催しである陸上競技選手権もこの地で始まり、競技場は近代国家としての歩みと分かちがたく結びついてきた。2007年には歴史的記念物として認められている。創設者の一人ダリュスが大西洋の空に散った悲劇と、その名を競技場が受け継いだ経緯は、この場所に単なる競技施設を超えた記憶を与えている。全面再建を経た現在も、サッカークラブFKカウノ・ジャルギリスの本拠地として、また国際試合や大規模コンサートの舞台として、カウナスの活気の中心にある。

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LAST EDIT — 2026.06.21
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