モダニズム建築
プレーリー派は、20世紀初頭のアメリカ中西部、とくにシカゴとその近郊で成立した住宅を中心とする建築の流れである。フランク・ロイド・ライトを中心に、ジョージ・W・マハー、ウォルター・バーリー・グリフィン、パーシー・ドワイト・バートン、マリオン・マホニーらが同時期に近い語彙を用いたため、後年ひとつの派として括られるようになった。名は中西部に広がる大草原(プレーリー)に由来し、水平に伸びる大地の形を建築に写し取ろうとする姿勢を示す。形の上での特徴ははっきりしている。低く緩い勾配の屋根と、深く張り出した軒。連続する窓を帯のようにまとめ、水平の目地や幕板で壁面を横に分節すること。地下室の上に高く据えられた基壇ではなく、地面に低く落ち着いた構え。そして中心に暖炉の量塊を据え、その周囲で部屋の仕切りを減らし、居間・食堂・玄関を連続した一つの空間として扱う平面である。装飾は歴史様式からの引用を避け、直線と幾何学に還元された抽象的な文様が、ガラスや木の格子として建物と一体につくられる。代表作はライトのロビー邸、ウィリッツ邸、そして唯一の公共建築であるユニティ・テンプルであり、後二者はいずれも設計者の言う「箱を壊す」試みの成果として語られてきた。系譜としては、ルイス・サリヴァンらシカゴ派の教えと、19世紀末アメリカのシングル・スタイル、そして日本建築の水平性・可変の間仕切りへの関心が合流している。第一次世界大戦をはさんで住宅市場が歴史様式へ回帰し、派としては1920年代までに退いたが、ここで練られた水平線・連続空間・自然素材の扱いは、ライト自身の有機的建築へ引き継がれ、さらにヨーロッパの近代建築にも図面集『ヴァスムート・ポートフォリオ』を通じて伝わった。