ワシントンD.C.に建つアメリカ大統領の官邸。アイルランド出身の建築家ジェームズ…
建築家 / Architect
ベンジャミン・ラトローブ
Benjamin Henry Latrobeベンジャミン・ヘンリー・ラトローブ(Benjamin Henry Latrobe、1764–1820)は、「アメリカ建築の父」と呼ばれる、イギリス生まれの建築家・技師である。アメリカに初めて専門職としての建築家を確立し、ギリシア・リヴァイヴァルをこの国にもたらした。
1764年、イングランド・ヨークシャーのモラヴィア派の集落に生まれる。イギリスとドイツで古典教育を受け、技師ジョン・スミートン、新古典主義の建築家サミュエル・コッカレルのもとで建築と工学を学んだ。妻の死と事業の挫折を経て、1795年に渡米する。
リッチモンドを経てフィラデルフィアに移ると、ペンシルヴェニア銀行(1798–1801年)でアメリカ初のギリシア・オーダーを用いた建築を世に問い、専門建築家としての名声を確立した。同地ではフィラデルフィア水道も手がけている。1803年、トマス・ジェファソンに公共建築監督官として登用され、第2代の連邦議会議事堂建築家を務めた。議事堂ではトウモロコシやタバコの葉をかたどった柱頭をもつ内部空間を残し、ホワイトハウスでは南北の象徴的なポルティコを設計した。アメリカ初のカトリック大聖堂であるボルティモア大聖堂は、彼の最も名高い作品である。
ラトローブは建築家であると同時に、第一級の技師でもあった。蒸気ポンプを用いた水道網は、当時の都市を苦しめた黄熱病への対抗策でもあった。1819年、息子が始めたニューオーリンズの水道事業を引き継ぐべく現地へ赴くが、皮肉にも自らが防ごうとした黄熱病に倒れ、1820年に没する。彼が打ち立てた設計と技術の規範は、弟子のロバート・ミルズやウィリアム・ストリックランドに受け継がれ、アメリカ建築の礎となった。
代表作
Works
ワシントンD.C.に建つ、アメリカ合衆国議会の議場。1793年に着工し、ソーントン、…