EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ベンジャミン・ラトローブ
© Charles Willson Peale / Public domain

建築家 / Architect

ベンジャミン・ラトローブ

Benjamin Henry Latrobe

ベンジャミン・ヘンリー・ラトローブ(Benjamin Henry Latrobe、1764–1820)は、「アメリカ建築の父」と呼ばれる、イギリス生まれの建築家・技師である。アメリカに初めて専門職としての建築家を確立し、ギリシア・リヴァイヴァルをこの国にもたらした。

1764年、イングランド・ヨークシャーのモラヴィア派の集落に生まれる。イギリスとドイツで古典教育を受け、技師ジョン・スミートン、新古典主義の建築家サミュエル・コッカレルのもとで建築と工学を学んだ。妻の死と事業の挫折を経て、1795年に渡米する。

リッチモンドを経てフィラデルフィアに移ると、ペンシルヴェニア銀行(1798–1801年)でアメリカ初のギリシア・オーダーを用いた建築を世に問い、専門建築家としての名声を確立した。同地ではフィラデルフィア水道も手がけている。1803年、トマス・ジェファソンに公共建築監督官として登用され、第2代の連邦議会議事堂建築家を務めた。議事堂ではトウモロコシやタバコの葉をかたどった柱頭をもつ内部空間を残し、ホワイトハウスでは南北の象徴的なポルティコを設計した。アメリカ初のカトリック大聖堂であるボルティモア大聖堂は、彼の最も名高い作品である。

ラトローブは建築家であると同時に、第一級の技師でもあった。蒸気ポンプを用いた水道網は、当時の都市を苦しめた黄熱病への対抗策でもあった。1819年、息子が始めたニューオーリンズの水道事業を引き継ぐべく現地へ赴くが、皮肉にも自らが防ごうとした黄熱病に倒れ、1820年に没する。彼が打ち立てた設計と技術の規範は、弟子のロバート・ミルズやウィリアム・ストリックランドに受け継がれ、アメリカ建築の礎となった。

生没
1764 — 1820
国籍
グレートブリテン王国
運動
グリーク・リヴァイヴァル様式
登録作品
2

代表作

Works
データ: Wikidata (Q726082) / 肖像: © Charles Willson Peale / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-0415