EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ランスロット・ブラウン
© After Nathaniel Dance-Holland / Public domain

建築家 / Architect

ランスロット・ブラウン

Lancelot "Capability" Brown

ランスロット・ブラウン(Lancelot Brown、1716–1783年)は、18世紀イギリスの造園家である。依頼主の地所に「改良の見込み(capability)がある」と語るのを常としたことから、「ケイパビリティ・ブラウン」の通称で知られる。ノーサンバーランドのカークハールに生まれ、地元の屋敷の菜園で庭師見習いとして修業した。1741年にバッキンガムシャーのストウへ移ってウィリアム・ケントのもとで働き、翌年には主任庭師となる。ここでイギリス式風景庭園の手法を身につけ、コバム卿の紹介で各地の貴族から依頼を受けるようになった。

1751年に独立し、生涯に手がけた庭園は170を超えるとされる。起伏のある芝地、ゆるやかに曲がる湖、木立の塊と帯状の植栽を組み合わせ、邸宅を理想化された田園風景のなかに置く構成を得意とした。設計だけでなく、造成と植栽の施工管理まで一括して請け負った点にも特色がある。1764年にジョージ3世の王室庭師としてハンプトン・コートに着任し、同じ年からブレナム宮殿の庭園改造に取りかかった。グライム川をせき止めて湖をつくり、ヴァンブラの大橋の下層を水面下に沈めたこの仕事は、代表作に数えられる。ほかにチャッツワース、ウォリック城、ハイクレア城などに作品が残り、クルーム・コートでは邸宅の設計も担った。

既存の整形式庭園を芝地に置き換えたことや、どの地所も似た構成になることには、当時から批判もあった。1783年にロンドンで没した。

生没
1716 — 1783
国籍
イギリス
運動
イギリス式風景庭園
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q454635) / 肖像: © After Nathaniel Dance-Holland / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-1629