EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
フリードリヒ・オーマン
© Ferdinand Schmutzer / Public domain

建築家 / Architect

フリードリヒ・オーマン

Friedrich Ohmann

フリードリヒ・オーマン(Friedrich Ohmann, 1858–1927)は、オーストリアの建築家である。ガリツィアのレンベルク(現ウクライナのリヴィウ)に建築官吏の子として生まれた。1877年からウィーン工科大学でハインリヒ・フォン・フェルステルらに学び、さらに美術アカデミーでフリードリヒ・フォン・シュミットに師事した。

1889年から99年まではプラハの工芸学校で装飾建築を教え、同地では多くの修復事業に携わった。1898年、ウィーン川の改修に伴う橋と付属施設の設計を任されてウィーンに戻る。1899年から1907年まではホーフブルク宮殿の新王宮(ノイエ・ブルク)の工事を芸術面で指揮し、この間に王宮庭園の温室(パルメンハウス)や、国民庭園の皇后エリーザベト記念碑を手がけた。1904年からは美術アカデミーで建築のマスタークラスを率いている。

歴史様式に通じた後期歴史主義の建築家で、プラハ時代には穏健なユーゲントシュティールを、のちにはネオ・バロックを主導し、両者を交えた作風を示した。1918年夏には皇帝フランツ・ヨーゼフの大記念碑の構想を示したが、同年秋の終戦の後は進められなかった。

生没
1858 — 1927
国籍
オーストリア
運動
—
登録作品
1

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Features

代表作

Works
データ: Wikidata (Q79113) / 肖像: © Ferdinand Schmutzer / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-1656