ウィーン旧市街に広がるハプスブルク家の旧王宮。13世紀の城に始まり、ルネサンスのスイス門、バロックの諸翼、歴史主義の新王宮へと六百年以上かけて増築された巨大複合体。現在は大統領官邸や国立図書館などが入る世界遺産。
§1 — 概要概要
ホーフブルク宮殿(Hofburg)は、オーストリアの首都ウィーンの旧市街中心部に広がる、ハプスブルク家の旧王宮である。13世紀の城館に始まり、六百年以上にわたって増改築が重ねられた結果、単一の様式をもたない巨大な建築複合体となった。皇帝の冬の居城として機能し、現在はオーストリア大統領官邸、オーストリア国立図書館、皇帝の宝物館、スペイン乗馬学校、複数の博物館などが入る。2001年に「ウィーン歴史地区」の一部として世界遺産に登録された。
歴史
ホーフブルクの起源は、13世紀にボヘミア王オタカル2世が築いた城館にさかのぼり、1279年以降ハプスブルク家の居城として記録に現れる。以後、各時代の様式が積み重ねられていった。16世紀にはルネサンス様式のスイス門が加えられ、17世紀にはフィリベルト・ルッケーゼがレオポルト棟を手がけた。18世紀にはフィッシャー・フォン・エルラッハ父子がバロックの宮廷図書館や冬の乗馬学校を設計し、帝都を代表する空間を生み出した。19世紀末から20世紀初頭にかけては、ゴットフリート・ゼンパーとカール・フォン・ハーゼナウアーの構想による新王宮(ノイエ・ブルク)が築かれ、未完に終わった壮大な皇帝広場(カイザーフォーラム)計画の一翼を担った。
建築的特徴
ホーフブルクの建築的な性格は、複数の中庭を介して時代ごとの様式が層状に積み重なっている点にある。スイス門のルネサンス様式から、初期バロックのレオポルト棟、円熟期バロックの宮廷図書館、そして新王宮のネオ・ルネサンス様式まで、各時代の建築理念が一つの敷地のなかに併存している。とりわけフィッシャー・フォン・エルラッハによる宮廷図書館の大広間(プルンクザール)は、楕円ドームと天井画、列柱が織りなすバロック空間の傑作として知られる。新王宮の半円形ファサードは、帝国末期の権力を象徴する壮大な建築表現となっている。
意義・現在
ハプスブルク帝国の政治と文化の中心地として、ホーフブルクはヨーロッパ史そのものを映す鏡のような存在である。皇帝広場の構想は第一次世界大戦と帝政の崩壊によって未完に終わったが、新王宮と国立図書館は19世紀歴史主義の到達点を今に伝えている。1946年以降は共和国の大統領官邸となり、権力の象徴から市民に開かれた文化施設へと性格を変えた。増改築の累積がそのまま都市的な記念物となった稀有な例として、建築史に確かな位置を占めている。