ロマネスク建築
ヴァルトブルク城
ドイツ中部、アイゼナハを見下ろす尾根に建つ中世の城。12世紀後半の後期ロマネス…
建築家 / Architect
フーゴ・フォン・リトゲン(Hugo von Ritgen、1811–1889)は、19世紀ドイツの建築家で、ギーセン大学で長く建築を講じた教育者でもある。荒廃したヴァルトブルク城の再建を生涯の仕事とし、中世の城を国民的記念物として甦らせた人物として知られる。
ヴェストファーレンのシュタットベルゲ(現マルスベルク)に生まれ、父がギーセン大学の医学教授に招かれたのに伴い同地で育った。はじめ医学を学んだが建築へ転じ、ダルムシュタットでゲオルク・モラーに師事した。1838年にギーセン大学の員外教授、1843年に正教授となり、同大学の建築講座が廃止される1874年ごろまでその任にあった。
1840年代、ザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ大公カール・アレクサンダーは、ヴァルトブルク城の修復を託す建築家を探していた。リトゲンは計画案を示してこの任を得て、1847年には城の復原に関する構想を長大な覚書にまとめている。以後、居館(パラス)の修復と、主塔(ベルクフリート)、新居館、ディルニッツ、門楼の新築を指揮し、事業は彼の没した翌年の1890年に完了した。遺構の調査を踏まえつつ、失われた部分を「あるべき中世」の姿で補う手法は、19世紀の歴史主義による文化財修復の典型といえる。
ヴァルトブルクのほかにも、ギーセン近郊のグライベルク城をはじめ、ヘッセン地方の城や聖堂の修復を手がけた。1852年に創設されたゲルマン国立博物館の設立にも加わり、没するまでその運営に関与した。1889年、ギーセンで没した。