EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ジャン=ジャック=マリー・ユヴェ
© 作者不明(1817年の肖像画) / Public domain

建築家 / Architect

ジャン=ジャック=マリー・ユヴェ

Jean-Jacques-Marie Huvé

フランスの建築家。1783年にヴェルサイユで生まれ、建築家ジャン=ジャック・ユヴェを父にもつ。ジュリアン=ダヴィッド・ル・ロワとシャルル・ペルシエに学んだ。

経歴の中心は、パリのマドレーヌ寺院である。1808年に工事の監察官として現場に入り、1817年には主任監察官となった。1828年に設計者ピエール=アレクサンドル・ヴィニョンが没すると工事の指揮を引き継ぎ、内部の構成と装飾を担った。ヴィニョンの外観が古代神殿に倣うのに対し、ユヴェは内部を古代ローマのテルマエの大広間に見立て、三つのドームを連ねて色大理石と金彩で覆った。列柱の内側の壁に聖人像の壁龕を並べたのも彼の発案である。工事は1842年に完了した。

並行して王政復古期の有力な家門の後ろ盾を得て、パリの病院やコンピエーニュ城の建築家を務め、ルイ18世の命でサン=トゥアン城を再建した(1821〜1823年)。1838年にはペルシエの後任として美術アカデミーの会員に選ばれている。若いウジェーヌ・ヴィオレ=ル=デュクが事務所で働いていたことでも知られる。1852年にパリで没した。

生没
1783 — 1852
国籍
フランス
運動
—
登録作品
1

代表作

Works
データ: Wikidata (Q3166155) / 肖像: © 作者不明(1817年の肖像画) / Public domain — Wikimedia Commons
ENTRY ID — ARC-1679