ロンドン、テムズ左岸に建つ英国国教会の参事会教会。1245年にヘンリー3世が着工し…
建築家 / Architect
ジョン・ジェームズ
John Jamesジョン・ジェームズ(John James、1673年頃–1746年)は、18世紀前半のイングランドの建築家である。ハンプシャーの牧師の子として生まれ、父が校長を務めるベイジングストークの学校に学んだのち、1690年に王室の大工頭マシュー・バンクスに弟子入りした。大工として現場から出発し、王室や教会の造営組織のなかで地位を築いた人物である。
1716年、ジェームズ・ギブズに代わって「五十新教会建設委員会」の測量官となり、ニコラス・ホークスムアとともに委員会の教会を担当した。単独で設計したのはハノーヴァー・スクエアのセント・ジョージ教会で、セント・ジョン・ホースリーダウンとセント・ルーク・オールド・ストリートはホークスムアとの共同設計である。1718年にはグリニッジでホークスムアと並んで工事監督官となり、1723年にはクリストファー・レンの後を継いでセント・ポール大聖堂の営繕監督に就いた。ホークスムアの没後はウェストミンスター寺院の営繕監督も引き継ぎ、未完であった西塔を1745年に完成させている。
寺院の隣に建つ聖マーガレット教会では、1735年から37年にかけて中世の塔の大部分を作り直した。同じ時期に教会の外壁全体がポートランド・ストーンで張り替えられている。住宅では、ブラックヒースのリクルマーシュ邸(1723年)が唯一のパラディオ様式の作品とされ、ハンプシャー州エヴァーズリーに建てた自邸ウォーブルック(1725年頃)は、18世紀の建築家が自分のために建てた住宅の数少ない現存例である。
ラテン語・フランス語・イタリア語に通じ、アンドレア・ポッツォの透視図法論、クロード・ペローの五つのオーダー論、ダルジャンヴィルの庭園論などを英訳して、大陸の建築・装飾画・整形庭園の実務を英国の施主と職人に伝えた。建築史家ハワード・コルヴィンは、有能ではあるが創意に乏しく、作品の多くは簡素で冒険のない設計だと評している。