特集
電波塔はなぜ高さを競ったか——エッフェル塔から東京スカイツリーまで13の塔 1887–2012
名築が収録する公開済みの建物のうち、テレビ・ラジオの送信や無線通信のために建てられ、あるいは使われてきた塔を13件選んだ。1889年のエッフェル塔から2012年…
建築家 / Architect
内藤多仲(ないとう・たちゅう、Tachū Naitō, 1886–1970)は、日本の建築構造学者・構造家である。「耐震構造の父」「塔博士」と称される。山梨県に生まれ、東京帝国大学で当初は造船学を、のち建築学を学び、佐野利器に師事した。早稲田大学で長く教鞭をとった。
関東大震災(1923年)に際し、彼の耐震理論にもとづいて設計された日本興業銀行本店が無傷で残ったことで、その理論は実証された。戦後はテレビ時代の到来とともに各地の電波塔・観光塔の構造設計を担い、名古屋テレビ塔、二代目通天閣、別府タワー、さっぽろテレビ塔、東京タワー、博多ポートタワーは「タワー六兄弟」と呼ばれる。生涯に手がけた塔は60を超える。
東京タワーでは、X形の鉄骨ブレースを連ねた末広がりの形に、地震と台風に耐える構造的な合理性と美しさを見いだした。力学から導かれたその姿を、彼は「数字のつくった美しさ」と表現している。
名築が収録する公開済みの建物のうち、テレビ・ラジオの送信や無線通信のために建てられ、あるいは使われてきた塔を13件選んだ。1889年のエッフェル塔から2012年…