ベルリン聖マリア教会 Marienkirche (Berlin-Mitte)
ベルリン・ミッテ、テレビ塔のかたわらに建つプロテスタントの教区教会。13世紀後半に起源をもち、1380年の火災後に再建された赤煉瓦のブリック・ゴシック建築で、塔の上部は1790年にカール・ゴットハルト・ラングハンスが新ゴシック様式で改めた。
§1 — 概要概要
ベルリン聖マリア教会(マリエン教会)は、ベルリン・ミッテ区、テレビ塔(フェルンゼーアトゥルム)のかたわらに建つプロテスタントの教区教会である。13世紀後半に起源をもち、現在もベルリンで礼拝に用いられる最古の教区教会として知られる。赤煉瓦による北ドイツのブリック・ゴシックの聖堂で、入口の壁面を飾る「死の舞踏(トーテンタンツ)」の壁画と、バロックの説教壇を擁することで名高い。
歴史
教会は1230年前後にベルリンが都市特権を得たのち、おおむね1250年から1280年ごろに新市街の教区教会として建てられたとみられ、1292年の年代記に初めて記録される。1376年と1380年の二度の火災で大きく損なわれ、現在の煉瓦造の聖堂は1380年の火災後の再建による。塔の基部は石灰岩と花崗岩で15世紀までに整えられたが、木造の尖塔はたびたび火災に見舞われた。1663年にはミヒール・スミッツが塔をバロック風に改め、1789年から90年にかけてはカール・ゴットハルト・ラングハンスが、銅板で覆った新ゴシック様式の尖塔へと改めた。ラングハンスはブランデンブルク門の設計で知られる建築家であり、この尖塔が現在の塔の姿を定めている。1893年から94年には、ヘルマン・ブランケンシュタインが南面を当初の様式に近づける修復を行った。第二次世界大戦で被災したのち、1950年までに再建された。
建築的特徴
聖堂は三廊式のホール教会で、側廊は身廊とほぼ等しい高さをもち、リブ・ヴォールトの天井が架かる。身廊は六つの間(ベイ)からなり、短い内陣がアプスで閉じる。石造のバシリカに見られる垂直方向の階層性よりも、空間の均質さを重んじる北ドイツ・ハンザ圏の煉瓦造の論理が表れている。塔は尖頭アーチを基調とするゴシックの輪郭に、ラングハンスが古典主義とバロックの要素を織り込んだ尖塔を載せ、その高さは約91メートルに達する。内部の見どころとして、1437年の青銅製洗礼盤、そして彫刻家アンドレアス・シュリューターが1703年に手がけたアラバスター張りのバロックの説教壇がある。入口広間の「死の舞踏」は、ペストの流行を背景に1480年代に描かれたとされ、全長22メートルに及ぶ。
意義・現在
マリエン教会は、ニコライ教会と並ぶベルリン最古級の教会建築であり、中世以来の度重なる再建と改修を経て今日に至る。社会主義時代に整備された周辺の高層街区とテレビ塔のただなかに、赤煉瓦の中世の聖堂が残るさまは、ベルリンの重層的な歴史を一望させる。現在もプロテスタントの教区教会として礼拝に用いられ、オルガン演奏会なども催されている。