帝冠様式
和洋折衷建築(わようせっちゅうけんちく)は、近代日本において和風と洋風の要素を一つの建物のなかで組み合わせた建築の総称である。幕末から明治の開国を機に西洋建築が流入すると、在来の大工技術や生活様式と西洋の意匠・構法とが出会い、両者を併存・融合させた多様な建物が各地に生まれた。
その現れ方は一様ではない。外観を洋風に整えながら内部に畳敷きの座敷を設けるもの、和風の軸組や瓦屋根に洋風の窓やバルコニーを取り合わせるもの、一棟のうちに洋館部分と和館部分を並置するものなど、用途や施主の意向に応じてさまざまな折衷が試みられた。地方の大工が見よう見まねで西洋意匠を翻案した擬洋風建築も、この大きな流れのなかに位置づけられる。
時代としては、おおむね開国後の1870年代から昭和戦前期までの長い期間にわたって展開した。官公庁や学校、銀行といった公共・商業の建物から、富裕層の邸宅、温泉旅館に至るまで、適用範囲は広い。洋風を権威や近代の象徴とし、和風を日常や接客の場とするといった使い分けも、しばしば見られた。
東京国立博物館の表慶館(片山東熊設計)のような本格的な西洋様式建築から、和館と洋館を併せ持つ邸宅まで、その幅は大きい。のちの帝冠様式は、屋根という象徴的な部位に「和」を凝縮させることで、この折衷の伝統を一つの様式として先鋭化させたものと位置づけられる。西洋の歴史様式を受容しつつ日本の風土へ翻案していく、近代日本建築の試行錯誤を体現する流れである。