バロック建築
マニエリスムは、盛期ルネサンスの調和の後、16世紀のイタリアに展開した美術・建築の傾向である。語源はイタリア語のマニエラ(手法・様式)で、先行する巨匠たちの確立した「手法」を、規範として受け継ぎつつも意識的にずらし、ひねって用いる態度を指す。
建築においては、ルネサンスが打ち立てた古典の文法――オーダー、比例、対称――を熟知したうえで、あえてその約束事を破ることに特徴がある。柱を壁の窪みに埋め込んだり、ペディメントを割ったり、要石を不安定に滑り落とすように見せたりと、構造の論理よりも視覚的な緊張や逆説が前面に出る。ミケランジェロのラウレンツィアーナ図書館の前室や、ジュリオ・ロマーノのパラッツォ・テなどが典型とされる。
端正な均衡を理想とした盛期ルネサンスに対し、マニエリスムは不安・技巧・洗練を志向し、見る者に「規則を承知のうえでの逸脱」という知的な遊びを差し出す。装飾の細部には、革帯を模したストラップワークや、彫り込んだ石を粗いまま見せるルスティカ仕上げなど、人工性をあえて誇示するモチーフが好まれた。
この傾向は16世紀後半にイタリアから各地へ広まり、アルプス以北の宮廷建築にも影響を及ぼした。北方では、イタリア仕込みの職人を通じて、装飾的なファサードや庭園の趣向としてマニエリスムの語彙が受容された。やがてこの動的で劇的な感覚は、運動と感情を全面に押し出すバロックへと引き継がれていく。様式史のうえでは、ルネサンスとバロックを橋渡しする過渡期の様式として位置づけられ、中欧の初期バロック宮殿の多くがこの過渡的な性格を色濃くとどめている。