EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

第二次国民建築運動

Second national architectural movement
年代
1940 — 1960
地域
トルコ
時代
近代モダニズム

第二次国民建築運動(İkinci Ulusal Mimarlık Akımı)は、1940年代から1950年代にかけてトルコで展開した建築の潮流である。建国期の第一次国民建築運動がオスマン=イスラーム的な装飾を近代建築に重ねたのに対し、第二次の運動は、より厳格で記念碑的な造形を志向した。

背景には、第二次世界大戦期の国際情勢と、若い共和国の国家意識の高まりがある。国際様式(モダニズム)の無装飾・無国籍な箱に対して、トルコの建築家たちは自国の風土と歴史に根ざした「国民的」な建築を求めた。これは、同時代のヨーロッパで広く見られた、古典主義を簡略化した重厚な公共建築の語法とも響き合うものであった。

形態的には、左右対称の堂々とした構成、規則正しく並ぶ角柱のコロネード、切り石による重厚な壁面、平らな屋根や浅い庇、抑制された装飾を特徴とする。鉄筋コンクリートの構造を地元産の石材で覆い、永続性と威厳を与える手法が好まれた。アナトリアの古代建築への参照を、抽象化したかたちで取り込むこともあった。

代表作は、首都アンカラを舞台とする一連の公共建築に見いだせる。なかでもエミン・オナトとオルハン・アルダによるアタテュルク廟(アニトカビル、1944–1953)は、この運動の到達点であり、列柱に囲まれた基壇の上に国家の記念性を凝縮した建築である。セダット・ハッキ・エルデムらも、この時期を代表する担い手であった。

第二次国民建築運動は、1950年代後半には国際様式の本格的な受容に道を譲り、急速に退潮した。しかし、近代の技術と国民的な記念性を結びつけようとしたその試みは、トルコ近代建築史における一つの画期として位置づけられている。

第二次国民建築運動
§1

代表建築

Buildings