マニエリスム建築
フォンテーヌブロー宮殿
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…
建築家 / Architect
フランチェスコ・プリマティッチオ(Francesco Primaticcio、1504–1570)は、イタリア出身の画家・彫刻家・建築家で、生涯の大半をフランス宮廷で過ごした。ボローニャに生まれ、マントヴァでジュリオ・ロマーノのもとテ宮殿の装飾に加わったのち、1532年にフランソワ1世の宮廷に迎えられた。
フォンテーヌブロー宮殿では、ロッソ・フィオレンティーノとともに室内装飾を担い、1540年にロッソが没すると同宮の美術の指揮を引き継いだ。ニコロ・デッラバーテら画家やスタッコ職人の工房に下絵を与え、ユリシーズのギャラリー(18世紀に取り壊し)や舞踏の間の装飾を進めている。王の命で1540年と1545年にイタリアへ赴き、古代彫刻の型を取ってブロンズ像の鋳造に用いた。
アンリ2世の死後、1559年にカトリーヌ・ド・メディシスから王室建築の監督官に任じられ、晩年は建築に力を注いだ。フォンテーヌブローの美しい暖炉の翼棟(1565〜70年)を設計し、サン=ドニ修道院にはヴァロワ家の礼拝堂を構想したが、後者は没後に完成し、1719年に取り壊された。細身で長い四肢をもつ人物像を特徴とするマニエリスムの画風は、16世紀後半のフランス美術に広く影響を与え、フォンテーヌブロー派の中心人物とされる。1570年、パリで没した。
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…