ゴシック建築
ブダ城
ドナウ河畔の城山に建つハンガリー歴代国王の王宮。十三世紀の中世に起源を持ち、…
建築家 / Architect
オーストリアの建築家。1719年、ウィーンでオーバープファルツ出身の大工の家に生まれ、1734年にウィーン美術アカデミーに入学した。ドイツ各地を旅し、ヴュルツブルクの領主司教のもとでも働いた。
1757年、ハンガリー宮廷財務局の建築家ヨハン・バプティスト・マルティネッリが没すると後任となり、以後40年にわたってハンガリー王国の国家的建築の大半を統括した。マリア・テレジアの命によるブラチスラヴァ城の王宮化(1760年代)では主たる設計を担い、宮殿の改装に加えて前庭の衛兵所と凱旋門、総督アルベルト・フォン・ザクセン=テシェンのためのテレジアヌム宮を手がけた。ブラチスラヴァではほかに、大司教の夏の宮殿(現・政府庁舎)の改築なども担当している。ブダ王宮の造営にも関わり、オラデア(現ルーマニア)では司教館とローマ・カトリック大聖堂を手がけた。
1770年代にはウィーンの宮廷建築局を率い、ホーフブルク宮殿の改修や、下オーストリアのシュロス・ホーフの増改築を行った。ブラチスラヴァのテレジアヌム宮に見られるように、後期の作品では装飾をおさえた端正な構成が強まり、バロックから新古典主義への移り変わりをよく示す。1797年、ウィーンで没した。