マニエリスム建築
フォンテーヌブロー宮殿
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…
建築家 / Architect
ジャン・アンドルーエ・デュ・セルソー(Jean Androuet du Cerceau、1585頃–1649)は、17世紀前半のフランスの建築家である。建築家ジャン=バティスト・アンドルーエ・デュ・セルソーの子で、版画家・建築理論家ジャック1世アンドルーエ・デュ・セルソーの孫にあたる。
ルイ13世の建築家として活動し、パリで貴族や富裕層のオテル・パルティキュリエを数多く手がけた。代表作のシュリー館(1624〜29年)は、通りから奥まった前庭を左右対称の棟で囲み、ペディメント付きの窓と、くぼんだ壁面に置いた高浮彫の人物像を交互に並べた構成で知られる。1632〜34年には、フォンテーヌブロー宮殿の白馬の中庭にある馬蹄形階段を改築し、今日見られる姿を与えた。ほかに、1630年代後半に建てられたブルトンヴィリエ館(現存せず)などがある。
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…