マニエリスム建築
フォンテーヌブロー宮殿
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…
建築家 / Architect
ロッソ・フィオレンティーノ(Rosso Fiorentino、1495–1540)は、フィレンツェ出身のマニエリスムの画家である。本名はジョヴァンニ・バッティスタ・ディ・ヤコポで、赤毛にちなみ「ロッソ(赤)」と呼ばれた。生年は当時のフィレンツェ暦に従って1494年と記されることもある。
アンドレア・デル・サルトの工房でポントルモと同じ時期に学び、ヴォルテッラの《十字架降架》などで、緊張をはらんだ構図と鋭い色彩による独自の画風を示した。1523年末にローマへ移ってミケランジェロやラファエロの作品に触れたが、1527年のローマ劫掠を機に同地を離れ、1530年ごろフランソワ1世の宮廷に迎えられた。
フォンテーヌブロー宮殿ではフランソワ1世のギャラリーの装飾を指揮し、フレスコ、高浮彫のスタッコ、木彫の羽目板を一体に組み合わせた新しい室内装飾を生み出した。宮殿内のパヴィリオンなどの設計も手がけたが、それらは現存しない。この装飾の手法はプリマティッチオらに受け継がれ、フォンテーヌブロー派の出発点となった。1540年に没した。
パリの南東約55キロ、フォンテーヌブローの森に接するフランス王家の宮殿。12世紀…