サンクトペテルブルクの河岸に恒久係留された帝政ロシアの防護巡洋艦。1903年に就役して日本海海戦を生き延び、1917年に冬宮襲撃の合図とされる空砲を放った。現在は海軍博物館の分館として公開される記念艦である。
§1 — 概要概要
アヴローラ(Аврора)は、帝政ロシア海軍がサンクトペテルブルクで建造した防護巡洋艦である。現在はネヴァ川の分流ボリシャヤ・ネフカ川に面したペトログラーツカヤ河岸通りに恒久的に係留され、記念艦として公開されている。1917年の十月革命で冬宮襲撃の合図とされる空砲を放ったことから、ソ連時代を通じて革命の象徴として扱われた。日本海海戦に参加した艦船で現存するのは、横須賀の記念艦「三笠」と本艦のみである。
歴史
アヴローラは、太平洋方面への配備を想定したディアナ級(パルラーダ級)巡洋艦3隻の1隻として計画された。船体の組み立ては1896年秋に新海軍工廠で始まり、1897年に正式な起工式が行われた。艦名はローマ神話の曙の女神にちなみ、皇帝ニコライ2世が候補のなかから選んだ。1900年に進水し、機関の不調による試験のやり直しを経て1903年に就役している。
日露戦争では第2太平洋艦隊に加わって極東へ回航され、1905年の日本海海戦で艦長を失いながらも戦場を離脱し、アメリカ領フィリピンのマニラで抑留された。第一次世界大戦ではバルト海で哨戒と沿岸砲撃に従事し、修理のため回航されていたペトログラードで1917年の革命を迎える。十月革命の夜に艦首砲から放たれた空砲が冬宮襲撃の合図になったという物語は、のちに革命神話の中心に据えられたが、その実際の役割については歴史家のあいだで見直しが続いている。
第二次世界大戦中、艦砲は陸揚げされてレニングラード防衛の陸上砲台に転用され、船体はオラニエンバウムの港で砲爆撃を受けて1941年に着底した。1944年に浮揚されて修理を受け、1948年に現在の係留地へ移された。艦内の展示は1956年に中央海軍博物館の分館となり、1960年には国の保護記念物に指定されている。
構造的特徴
防護巡洋艦とは、舷側に厚い装甲帯を張る代わりに、機関や弾薬庫の上を湾曲した装甲甲板で覆って守る形式の軍艦をいう。アヴローラの設計はイギリスの巡洋艦を原型とし、進水時の排水量は約6,700トンであった。細く高い3本の煙突が並ぶ側影は、艦の最もよく知られた特徴である。武装は時代とともに改められ、1915年には152ミリ砲14門を備える形に換装された。
保存のための改修も艦の姿を変えてきた。1980年代の大規模な修復では、傷みの進んだ喫水線下の船体が、原設計図に基づく新造の溶接船体に置き換えられた。切り離された旧船体はフィンランド湾岸の浅瀬に沈められている。2014年から16年にかけてはクロンシュタットの工場で再び修理を受け、2016年7月に係留地へ戻った。
意義・現在
アヴローラは、19世紀末の造艦技術を伝える現存艦であると同時に、ロシア革命の記憶をめぐる政治的な記念物でもある。河岸に定置された艦影は、ペトロパヴロフスク要塞や冬宮と並ぶサンクトペテルブルクの景観の一部となっている。現在も中央海軍博物館の分館として艦内が公開され、ロシアの文化遺産として保護されている。