バーミヤン渓谷の仏立像 Buddhas of Bamiyan
アフガニスタン中部バーミヤン渓谷の断崖に刻まれていた二体の巨大な磨崖仏。6〜7世紀の作で、大きい方は高さ約55メートルに及んだ。2001年にターリバーンによって破壊され、現在は空の龕(がん)が残る。
§1 — 概要概要
バーミヤンの大仏(Buddhas of Bamiyan)は、アフガニスタン中部・ヒンドゥークシュ山中のバーミヤン渓谷の断崖に刻まれていた、二体の巨大な仏立像である。標高約2,500メートルの谷を見下ろす砂岩の崖に、東側の小さい像(高さ約38メートル)と西側の大きい像(高さ約55メートル)が並んで彫られていた。シルクロードの要衝に築かれた仏教遺跡の中心をなす存在だったが、2001年に破壊され、現在は像の抜け落ちた大きな龕(壁龕)のみが崖に残されている。
歴史
バーミヤンは2世紀ごろからクシャーナ朝のもとでシルクロード沿いの仏教の一大中心地となり、崖には多数の石窟僧院が穿たれた。二体の大仏の造営時期は、構造材の放射性炭素年代測定によって、小さい像が6世紀後半(およそ570年ごろ)、大きい像が7世紀前半(およそ618年ごろ)とされ、いずれもエフタルがこの地を支配した時代にあたる。以後、像は幾多の王朝の交代を経て千年以上残り続けた。1221年にはチンギス・ハンの軍がバーミヤンを攻めて住民を殺戮したが、大仏は損なわれなかった。17世紀にはムガル皇帝アウラングゼーブが砲撃を命じて一部を傷つけたとされるが、像は倒れずに立っていた。しかし2001年、ターリバーン最高指導者ムハンマド・オマルの命令により、両像は爆薬などで組織的に破壊された。この行為は国際社会から強い非難を浴びた。
建築的特徴
二体はいずれも、背面が崖と一体化した磨崖の高浮彫りである。像の主要な形は砂岩の崖から直接削り出され、衣文などの細部は藁を混ぜた泥で造形し、その上をストゥッコ(漆喰)で覆って彩色していた。大きい像は臙脂色に、小さい像は複数の色で塗られていたと考えられている。前腕の下部は木の骨組みを芯にした泥で造られ、顔の上部には巨大な木製の仮面が取り付けられていたとする研究もある。その造形は、ギリシア・ローマの写実的な人体表現と仏教の主題が融合したガンダーラのグレコ・ブッディスト美術の系譜を引き、それを中央アジアの巨大な磨崖仏へと展開させたものである。
意義・現在
バーミヤンの大仏は、東西の文明が交わったシルクロードの記憶を刻む記念碑であり、その破壊は文化遺産の意図的な毀損の象徴的な事件として記憶されている。像を含む渓谷一帯は、破壊後の2003年に「バーミヤン渓谷の文化的景観と考古遺跡群」としてユネスコ世界遺産に登録され、同時に危機遺産リストにも記載された。現在は空となった龕と、周囲の石窟に残る6〜8世紀の壁画が、かつての規模を伝えている。破片の保存や再建の可否をめぐる議論は続いている。