ルネサンス建築
ムラービト朝とムワッヒド朝の美術(art of Almoravides and Almohades)は、11世紀後半から13世紀にかけてマグリブとアル=アンダルスを支配した二つのベルベル系王朝のもとで展開した建築・工芸の様式である。前者はサハラ南縁から興って1050年代以降に勢力を広げ、後者は1147年にこれを倒して13世紀半ばまで版図を保った。
ムラービト朝の建築は、コルドバやタイファ諸国の洗練された装飾を受け継いだ。マラケシュのクッバ・バーアディーヤに見られるように、複雑な多弁アーチとムカルナスを小規模な建物に凝縮する方向をとる。これに対しムワッヒド朝は、教義上の厳格さを反映して装飾を抑制し、量塊と比例によって効果を得る方向へ転じた。
その特質が最も明確に現れるのがミナレットである。マラケシュのクトゥビーヤ、ラバトのハサンの塔、セビリアのヒラルダの塔は、いずれも正方形平面の塔身の内部に階段ではなくスロープを巻き上げ、外壁を交差する多弁アーチのセブカ文様で覆うという共通の構成をとる。装飾は面全体に均質に広がり、特定の焦点を作らない。
用いられた材は煉瓦と版築が中心で、石材は基礎や柱に限られる。この経済的な構法が、広大な版図での短期間の大規模造営を可能にした。ムワッヒド朝の建築言語は後続のマリーン朝およびナスル朝に受け継がれ、アルハンブラ宮殿の装飾体系の前提となっている。