エジプト・リヴァイヴァル建築
エジプト・リヴァイヴァル建築は、古代エジプトの建築意匠を近代に再解釈した復古様式である。19世紀から20世紀前半にかけて、主にヨーロッパとアメリカで流行した。直接の契機は、ナポレオンのエジプト遠征(1798–1801)に随行した学者たちの調査をまとめた『エジプト誌』であり、神殿・オベリスク・墓廟の精密な図版が古代の造形を広く知らしめた。続く19世紀の各地の発掘や、1822年のシャンポリオンによるヒエログリフ解読、1922年のツタンカーメン王墓の発見が、断続的に流行の波を呼び起こした。
形態上の特徴は明快である。上へ向かって内側に傾く斜め壁(バッタード・ウォール)、神殿入口を画すパイロン(塔門)、パピルスや蓮を象った柱頭、上端が大きく反り返るカヴェット・コーニス(軒蛇腹)、そして翼を広げた日輪、オベリスク、スフィンクスといった象徴的要素が用いられる。いずれも実際の古代エジプト神殿の部分を引用したものだが、構造そのものより表層の記号として転用される点に、復古様式としての性格がよくあらわれている。重厚で永続的な量塊感は、永遠や不滅、再生の観念と結びつけられた。
このため本様式は墓地の門や霊廟、記念碑に好んで採用され、ほかに監獄やフリーメイソンの会堂、吊り橋の主塔、図書館や工場にも応用された。歴史主義の一翼として、新古典主義やゴシック・リヴァイヴァルと並ぶ「過去の様式を選び取る」近代的態度のあらわれであり、量塊と幾何学を重んじる傾向は、段状の構成をとる後年の世俗的な記念碑建築にも影を落としている。