EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

ゴンダール様式

Gondarine architecture
年代
1632 — 1769
地域
エチオピア北部(ゴンダールとタナ湖周辺)
時代
中世

ゴンダール様式(Gondarine architecture)は、17世紀から18世紀にかけて、エチオピア北部の都ゴンダールとその周辺で、皇帝と宮廷が築いた石造建築の様式である。ファシリデス帝が1636年ごろゴンダールを恒久的な都と定めてから、18世紀後半に皇帝の権威が衰えるまでのいわゆるゴンダール時代を通じて、城館、浴場、聖堂、橋などに用いられた。担い手はもっぱら王族と貴族であり、一般の住まいには広がらなかった。

成立の背景には、16世紀半ば以降のポルトガルとの接触がある。イエズス会の宣教師とともにインド西岸の職人がエチオピア高原に入り、1620年代には石灰の焼成が伝えられた。スセニョス帝の時代には、都ダンカズの宮殿や、タナ湖北岸ゴルゴラの聖堂が石灰モルタルを用いて築かれ、これがゴンダールの城館の直接の先例となった。近年の研究は、ゴンダール様式とされる要素の多くが、建都以前のイエズス会期の建築にすでに現れていたことを指摘している。

形態の基本は、褐色の玄武岩の粗石を石灰モルタルで積んだまだらな壁面と、扉や窓を縁取る赤みを帯びた凝灰岩である。城館は方形の平面を基本とし、四隅に外へ転びをもつ円塔を置いてドームで覆い、屋上は胸壁をめぐらせた平らなテラスとする。これに物見の方形塔、アーチ形の開口、木製のバルコニーが加わる。城館や聖堂は高い壁で囲まれ、その壁にも円塔と記念的な門が並ぶ。円塔と胸壁はヨーロッパの城郭を、アーチとドームの扱いはインドやアラビア半島の建築を思わせ、ユネスコはインドとアラブの影響に、イエズス会がもたらしたバロックの要素が重なった点を特色に挙げている。

胸壁とバルコニーを備えた石造の館
ファシリデス帝の浴場の館。胸壁と木製のバルコニーを備えるBernard Gagnon / CC BY-SA 3.0 — Wikimedia Commons

代表例は、ファシリデス帝の城やイヤス1世の宮殿が並ぶ王宮囲郭ファジル・ゲビである。市の北西には同じくファシリデス帝に帰される浴場があり、池の中に二層の館が立つ。18世紀には皇妃メンテワブが郊外のクスクアムに宮殿と聖堂を営み、市内ではイヤス1世の創建と伝えるデブレ・ブルハン・セラシエ聖堂が、天井画とともにこの時代の聖堂の姿を伝えている。

エチオピア建築の歴史のなかで、アクスムの石柱やラリベラの岩窟教会が宗教的・記念碑的な造形であったのに対し、ゴンダール様式は、王権が石と石灰で積み上げた世俗の宮廷建築として現れた。ユネスコによれば、この様式はその後2世紀以上にわたってエチオピアの建築に影響を与え、19世紀以降の建築にもその要素が受け継がれた。

ゴンダール様式
§1

代表建築

Buildings
§2

様式の系譜

Lineage
親様式
エチオピア建築
→
本様式
ゴンダール様式