EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ファジル・ゲビ
© A.Savin / FAL
FIG. 01 — Q464695
様式 · エチオピア建築 時代 · 中世 類型 · 城郭・要塞 ★ 世界遺産「ファジル・ゲビ、ゴンダール地域」(1979年登録)

ファジル・ゲビ Fasil Ghebbi

ፋሲል ግቢ

エチオピア北部ゴンダールにある歴代皇帝の王宮囲郭。1636年ごろ都を定めたファシリデス帝の城を核に、18世紀半ばまで宮殿や聖堂が建て加えられ、ゴンダール様式の石造建築群を形づくった。

FIG. 02 — Location12.6081° N 37.4697° E
エチオピア アムハラ州 ゴンダール
§1 — 概要

概要

ファジル・ゲビ(Fasil Ghebbi / ፋሲል ግቢ)は、エチオピア北部アムハラ州の都市ゴンダールの中心にある、歴代皇帝の王宮群を囲んだ城郭である。「ゲビ」はアムハラ語で塀に囲まれた構内を指し、名はこの地を都とした皇帝ファシリデス(ファシラダス)に由来する。約7万平方メートルの敷地を全長約900メートルの城壁が囲み、12の門が開く。内部にはファシリデス帝の城を筆頭に、後継の皇帝たちが建てた宮殿、広間、文書館、図書館、厩舎と、三つの聖堂が並ぶ。玄武岩の壁に胸壁をめぐらせ、隅にドームを戴く円塔を立てた城館は、それ以前のエチオピアの建築とまったく異なる姿をしており、「ゴンダール様式」と呼ばれる建築の中核をなしている。

歴史

エチオピアの皇帝は長く固定した都を持たず、天幕の陣営ごと領内を移動しながら統治した。この慣行を改めたのがファシリデス帝(在位1632–67)で、1636年ごろタナ湖の北約35キロのゴンダールに宮廷を置き、恒久的な首都とした。城の工事は1630年代の末に始まったとみられる。1648年に訪れたイエメンの使節アル=ハイミーは、石と石灰で築かれたこの館に驚嘆した記録を残し、工事を率いたのは、先帝スセニョスの都ダンカズでも宮殿を建てたインド出身の工匠アブドゥル・カリームであったと伝えている。

ファシリデス帝の没後も宮廷はゴンダールにとどまり、後継の皇帝たちは同じ構内に自らの建物を加えていった。文書館と図書館は伝統的にヨハンネス1世(在位1667–82)の建設とされ、帝は晩年の1682年に象牙で飾った新しい館を完成させた。続くイヤス1世(在位1682–1706)も新たな城を築いている。王朝の年代記は、この二代の工事を担った棟梁としてエチオピア人ワルダ・ギヨルギスの名を記す。18世紀前半には北側にダウィト3世の広間とバカッファ帝の宴会場が建ち、皇妃メンテワブの城がこれに続いて、囲郭はほぼ現在の広がりに達した。石工や大工の労働は、それらを伝統的な生業としたエチオピアのユダヤ教徒ベタ・イスラエルが多く担った。

胸壁をめぐらせた石造の宮殿の外観
イヤス1世の宮殿Bernard Gagnon / CC BY-SA 3.0 — Wikimedia Commons

18世紀後半、地方の諸侯が実権を握る時代に入ると皇帝の権威は名目化し、王宮群は次第に荒れていった。20世紀には、イタリア占領期の1930年代と、エチオピアが独立を回復した後とに修復の手が入っている。1979年、市内の関連遺跡とともにユネスコの世界遺産に登録された。

建築的特徴

建物は、褐色の玄武岩を粗く割って石灰モルタルで積み、扉や窓の縁取りに赤みを帯びた凝灰岩を用いる。最大の建物であるファシリデス帝の城は、一辺25メートルほどの方形で二層の本体の四隅に、ドームで覆った円塔を配し、一角に方形の塔をさらに高く立ち上げる。屋上は胸壁で縁取られた平らなテラスで、方形塔は物見の役を担った。壁面にはアーチ形の開口が並び、木製のバルコニーが張り出す。後続の宮殿も、方形の箱に円塔と胸壁を組み合わせるこの型を基本に、規模や装飾を変えて繰り返した。

アーチやヴォールト、石灰の使用は、17世紀前半にイエズス会と行動をともにしたインド西岸の職人らによってエチオピアに伝わったとされ、ゴンダールはそれを宮廷建築として大規模に展開した場であった。円塔と胸壁の構成は中世ヨーロッパの城を思わせ、地元ではかつてポルトガル人の城とも語られたが、史料に名を残す工匠はインド出身者とエチオピア人である。ユネスコは、インドとアラブの影響に、イエズス会がもたらしたバロックの要素が加わった点をこの建築群の特質に挙げている。

囲郭の城壁には、裁判官の門、楽師の門、葬送の記念の門など、宮廷の職掌や儀礼にちなむ名をもつ12の門が開き、なかでもフィト門は、南に接する市場と布告の広場アダババイに開いていた。北部に残るダウィト3世の広間は、角に円塔を置いた一層の細長い広間である。

意義・現在

岩盤を彫り出したラリベラの岩窟教会群が中世エチオピアの信仰の造形を代表するとすれば、ファジル・ゲビは、近世の王権が石を積み上げて示した世俗の造形を代表する。ユネスコは、17世紀初めに現れたゴンダール時代の様式が、その後2世紀以上にわたってエチオピアの建築に影響を与えたことを登録の理由に挙げている。

円塔と方形塔をもつ城を描いた版画
1876年にアシル・ラフレが描いたファシリデス帝の城Achille Raffray / パブリックドメイン — Wikimedia Commons

現在の囲郭は芝生の構内に城館群が点在する史跡として公開され、ゴンダール観光の中心となっている。2025年にも保存修復が行われた。世界遺産の構成資産には、市の北西にあるファシリデス帝の浴場や、皇妃メンテワブが郊外に営んだクスクアムの宮殿群も含まれ、浴場は毎年1月の神現祭(ティムカット)の舞台となっている。

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データ: Wikidata (Q464695) / 解説: Wikipedia 日本語版 · English / 画像: © A.Savin / FAL — Wikimedia Commons
LAST EDIT — 2026.10.28
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