EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture

クトゥブ・シャーヒー建築

Qutb Shahi architecture
年代
1518 — 1687
地域
インド(デカン地方)
時代
ルネサンス

クトゥブ・シャーヒー建築(Qutb Shahi architecture)は、1518年から1687年までデカン高原南東部を治めたクトゥブ・シャーヒー朝(ゴールコンダ王国)のもとで発達した建築様式であり、インド・イスラーム建築の地方的な一系統に位置づけられる。王朝はトルクメン系のシーア派ムスリムが興したもので、宮廷はペルシア語文化を重んじた。建築にもペルシアの影響が色濃く、先行するバフマニー朝や、ビジャープルなど同時代の他のデカン諸王国の建築と多くの語彙を共有する。作例はハイデラバードとその近郊に集中し、初期の拠点ゴールコンダ城を最古の例として、第5代ムハンマド・クリ・クトゥブ・シャーが新都ハイデラバードを建設した16世紀末から17世紀初頭に最盛期を迎えた。

主な構造材は花崗岩で、表面を厚いスタッコの装飾で覆い、ジャーリーと呼ばれる透かし格子や、ペルシア語の詩句・クルアーンの章句による銘文を加える。モスクではドームの比重が時代とともに小さくなり、外からは見えない浅いドームで屋根を支える例や、ドームそのものを省く例が現れる。代わって正面の両脇に立つ一対のミナレットが外観の主役となり、各層のバルコニーを覆いのある張り出し回廊とした、上へ細まる量感の強い塔身が好まれた。正面のアーチの数を5つまたは3つとし、シーア派的な象徴を込める構成や、キブラ壁を黒い玄武岩で飾る手法も見られる。墓廟では立方体の本体に玉ねぎ形のドームを載せ、周囲をアーケードで囲む形式が発達し、ゴールコンダ城外の王墓群に典型を見る。

代表作には、新都の中心に据えられたチャールミナールのほか、1578年にムーシー川に架けられたプラーナ・プル(旧橋)、歴代君主の墓廟群、後期の作例であるトーリー・マスジドなどがある。1687年、ムガル帝国による併合で王朝は終わったが、のちにハイデラバードを都としたニザーム(アーサフ・ジャーヒー朝)はこの様式を再解釈したモスクを建てており、クトゥブ・シャーヒーの意匠は都市の景観の基調として受け継がれた。2014年には、この様式の主要な建造物が他のデカン諸王国の遺構とともにユネスコ世界遺産の暫定リストに記載されている。

クトゥブ・シャーヒー建築
§1

代表建築

Buildings
§2

様式の系譜

Lineage
親様式
インド・イスラーム建築
→
本様式
クトゥブ・シャーヒー建築