ロシア・バロック
ロシア・バロックは、18世紀のロシアに展開したバロック建築の総称で、とりわけ女帝エリザヴェータの治世(1741–1762)に頂点を迎えた様式を指す。エリザヴェータ様式、あるいは中心的な担い手の名にちなんでラストレッリ様式とも呼ばれる。
それ以前、ピョートル大帝の時代には、新都サンクトペテルブルクの建設とともに、西欧から導入された比較的抑制的なペトリーヌ・バロックが行われた。これに対しエリザヴェータ期の様式は、ヨーロッパ・バロックの量塊感と豊麗な装飾を取り入れつつ、青や水色、白、そして金を大胆に対比させる華やかな色彩感覚と、ロシア正教の伝統に由来する五つのドームの構成とを結びつけた点に特徴がある。記念碑的な規模、波打つように起伏する壁面、列柱や柱形による律動的な分節、おびただしい金色の装飾、そして垂直性の強調などが、その造形の核をなす。建物の外観は祝祭的でありながら、教会建築においてはなお正教の空間構成を保っている。
中心的な建築家は、冬宮殿やエカチェリーナ宮殿、スモーリヌイ大聖堂を手がけたバルトロメオ・ラストレッリであり、海軍省の主任建築家サッヴァ・チェヴァキンスキーによる聖ニコラス海軍大聖堂も、この様式の代表例に数えられる。1762年にエカチェリーナ2世が即位するとバロックは時代遅れとして退けられ、より理知的で考古学的な新古典主義へと建築の主流は移っていった。ロシア・バロックは、こうしてわずか一代のうちに咲き、ヨーロッパの様式と土着の教会建築の伝統とが交わった、ロシア独自のバロック表現として建築史に位置づけられる。