ロシア・ビザンティン建築
ロシア・ビザンティン建築(ロシア・ビザンチン様式)は、19世紀前半のロシアに興った折衷的な教会建築様式である。皇帝ニコライ1世のもとで建築家コンスタンチン・トーンが体系化し、官製の様式として帝国各地に広められた。古代ルーシの教会建築とビザンティンの伝統を意識的に再構成し、当時主流であった西欧由来の新古典主義やエンパイア様式に対して、ロシアの文化的・宗教的独自性を打ち出そうとした点に特徴がある。様式の選択そのものが国家の自己表象と結びついた、歴史主義の時代ならではの建築であった。
形態の上では、等辺十字(ギリシア十字)の平面に立方体の身廊を重ね、中央に大きな円蓋(クーポラ)を載せ、四隅に小ドームを配する五ドーム形式を基本とする。半円形のココーシュニクを軒や開口部の上に連ね、白い石壁と金色のドームによる明快で対称的な構成をとる。ビザンティン由来のペンデンティヴで方形の身廊に円ドームを架けつつ、全体の輪郭は古典主義的な厳格さと均衡を保つ。厚い石積みの壁面には浅い彫りの装飾帯やアーチ列が刻まれ、内部は壁画とイコンで覆われる。
体系化したトーンは、イスタンブール(コンスタンティノープル)のハギア・ソフィアを念頭に置きながら、ロシア中世の聖堂群の記憶を呼び戻した。代表作はモスクワの救世主ハリストス大聖堂であり、ほかに大クレムリン宮殿の聖堂や各地の県の大聖堂に展開した。この様式は、のちに民話的・装飾的な方向へ向かうネオ・ロシア様式(ロシア・リバイバル)の先駆けとなり、帝政期ロシアの国家的な建築表現の出発点となった。