ロシア・リバイバル
Russian Revival architecture年代
1830 — 1917
地域
ロシア
時代
新古典・歴史主義
ロシア・リバイバル(ロシア復興様式、Russian Revival architecture)は、19世紀のロシアに興った歴史主義建築の潮流で、ピョートル大帝以前の中世ロシアやビザンティンの建築意匠を範として、国民的な様式を打ち立てようとしたものである。西欧化と新古典主義への反動として、また高まる民族意識(汎スラヴ主義)の表現として展開した。
時代・地域としては、ニコライ1世の治世(1820〜30年代)にコンスタンチン・トーンが定式化した「ロシア・ビザンティン様式」を起点に、19世紀後半から20世紀初頭にかけてロシア帝国全土へ広まった。
形態の特徴は、玉ねぎ形のドーム、テント屋根(シャーチョフ)、コーコシニクと呼ばれる半円や尖頭形の装飾破風、多彩なタイルやれんがによる装飾、厚みのある壁面など、中世ロシアの聖堂建築や民間建築の要素を引くことにある。後期にはより自由で華やかな擬ロシア様式へと展開した。
代表的な建築には、トーンによる大クレムリン宮殿と救世主ハリストス大聖堂、赤の広場の国立歴史博物館やグム百貨店、血の上の救世主教会などがある。これらはいずれも、聖ワシリイ大聖堂に代表される中世ロシアの造形を近代に甦らせたものといえる。
前後の様式との関係では、同時代のネオ・ビザンティン建築と源流を共有しつつ、より土着的・民族的な性格を強めた点に独自性がある。新古典主義への対抗から生まれ、やがてアール・ヌーヴォーや20世紀の民族様式の探求へと連なっていった。
§1
代表建築
Buildings§2
様式の系譜
Lineage隣接する様式