クレムリン武器宮殿 Kremlin Armoury
モスクワのクレムリン内にある、ロシア最古級の博物館。歴代ツァーリの宝物を収めた武器庫を起源とし、現在の建物は1844年から1851年にかけてコンスタンチン・トーンがロシア・ビザンティン様式で建てた。
§1 — 概要概要
モスクワのクレムリンの一角、大クレムリン宮殿の南西に連なる建物が武器宮殿(オルジェイナヤ・パラータ)である。王冠や宝玉、儀礼用の武具、馬車、聖像、金銀細工など、4,000点を超える応用美術の名品を収める、ロシアでもっとも古い博物館の一つに数えられる。
歴史
その起源は、16世紀初頭にクレムリンへ置かれた武器・宝物の工房にさかのぼる。腕利きの職人たちが武具や祭具、宝飾品を製作・保管したことから「武器庫」の名が生まれ、やがて宮廷の財宝を収める大宝物庫へと育った。1806年、皇帝アレクサンドル1世の勅令によってモスクワ初の公開博物館と定められ、収蔵品は学術と公開の対象となる。
現在の建物は、それから約40年を経た1844年から1851年にかけて建設された。皇帝ニコライ1世は、サンクトペテルブルクの冬宮に並ぶ壮麗な宮殿群をクレムリンに築くよう求め、その大クレムリン宮殿の造営とあわせて、武器宮殿の館も建築家コンスタンチン・トーンの設計で整えられた。
建築的特徴
トーンは、ビザンティン建築の構成に古ロシアの装飾を重ねた独自の様式——しばしばロシア・ビザンティン様式と呼ばれる——を、皇帝の支持のもとで国家的な建築言語に育てた人物である。武器宮殿の館も、隣接する大クレムリン宮殿と調和するよう、白い石壁に円柱と繊細な窓飾りを連ね、17世紀以前のモスクワ建築を思わせる意匠でまとめられている。内部は二層分を吹き抜けとした展示室が続き、宝物を堂々と見せるための空間が用意された。
意義・現在
武器宮殿は、ロシアの工芸と宮廷文化の精華を一望できる場として、いまもクレムリン博物館群の中核を担う。モノマフの帽子に代表される歴代の国家レガリアや、ファベルジェの卵などの名品が並び、その多くは帝政期の宮廷と深く結びついている。革命後には、閉鎖された聖堂や修道院から移された聖具・聖像が加わり、収蔵はいっそう厚みを増した。建物が建つモスクワのクレムリンと赤の広場は、1990年にユネスコ世界遺産へ登録されている。