ウクライナ・バロック
ウクライナ・バロック(Ukrainian Baroque)は、17世紀から18世紀にかけて、コサック国家(ヘーチマン国家)の繁栄を背景にウクライナで花開いた地域様式である。西欧バロックの装飾感覚を取り入れつつ、正教会の伝統的な集中式・十字型の平面や、ビザンティン以来の多ドーム構成を保った点に独自性がある。「コサック・バロック」とも呼ばれる。
形態上の特徴は、白く塗られた壁面に抑制された漆喰装飾を施し、その上に金色や緑青色の玉ねぎ型・洋梨型のドームを複数いただく構成にある。垂直に群立する小ドーム、波打つ妻壁、額縁状に縁取られた窓や入口が、白と金の鮮やかな対比のなかで明るく華やいだ外観を生み出す。西欧バロックの劇的な量塊感よりも、軽やかで装飾的な輪郭を志向する点に、この様式の気質がよく表れている。内部は伝統に従いイコノスタシスや壁画で荘厳された。
キーウの聖ムィハイール黄金ドーム修道院や聖ソフィア大聖堂のバロック化された外観、ラストレッリによる聖アンドリーイ教会などが代表例として挙げられる。18世紀のキーウではイヴァン・フルィホロヴィチ=バルシキーらがこの様式の円熟期を担った。西欧のバロック・ロココを源としながら、正教世界の造形伝統と結びついて独自に展開した点で、ロシア・バロックや中欧バロックと並ぶ東欧バロックの一支流をなし、後世にはウクライナの文化的自立を象徴する様式としても受けとめられている。