インド・サラセン建築
ヴィクトリア建築は、イギリスのヴィクトリア女王の治世(1837〜1901年)に流行した建築の総称である。単一の様式ではなく、過去のさまざまな様式を選び取り、組み合わせて用いる歴史主義の時代に属する。産業革命がもたらした鉄やガラス、煉瓦の大量生産と、急速に拡大する都市の需要が、その背景にある。
中心となったのはゴシック・リヴァイヴァル(ネオ・ゴシック)で、尖頭アーチ、急勾配の屋根、小塔や破風、ステンドグラスといった中世の語彙が、教会だけでなく駅舎・庁舎・学校などの世俗建築にも広く用いられた。オーガスタス・ピュージンとチャールズ・バリーによるウェストミンスター宮殿(国会議事堂)や、ジョージ・ギルバート・スコットのセント・パンクラス駅は、その記念碑的な達成である。これと並んで、イタリア風(イタリアネート)、ロマネスク・リヴァイヴァル、第二帝政様式なども併存し、豊かな装飾と多色使い(ポリクローミー)、垂直性の強い輪郭が好まれた。
大英帝国の拡大とともにこの様式は植民地へも輸出され、各地の伝統的意匠と混ざり合って独自の展開を見せた。インドのチャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧ヴィクトリア・ターミナス)は、ヴィクトリアン・ゴシックにインドの宮殿建築の要素を融合させた代表例である。世紀末には、機械生産と過剰な装飾への反動からアーツ・アンド・クラフツ運動が起こり、やがて装飾を排する20世紀の近代建築へと道を譲っていった。