自由ハンザ都市ハンブルクの市庁舎。1886年に着工し1897年に落成したネオ・ルネサンス様式の壮大な建築で、高さ112メートルの中央塔を戴き、市議会と市政府の議事堂として今日も使われている。
§1 — 概要概要
ハンブルク市庁舎(Hamburger Rathaus)は、自由ハンザ都市ハンブルクの中心、市庁舎広場(ラートハウスマルクト)に面して立つ市庁舎である。19世紀末に建てられたネオ・ルネサンス様式の壮大な建築で、市議会(ブルガーシャフト)と市政府(ゼナート)の議事堂として現役で用いられている。高さ112メートルの中央塔は市の景観を象徴する。
歴史
1842年の大火で旧市庁舎が焼失したのち、新庁舎の建設は長く議論され、ようやく1884年に、マルティン・ハラー率いる7人の建築家集団「ラートハウスバウマイスター」の案が採用された。1886年に礎石が据えられ、アルスター湖畔の軟弱な地盤に4000本を超える樫の杭を打ち込んで基礎が築かれた。11年の工期を経て、1897年10月26日に落成式が行われた。第二次世界大戦の被害をくぐり抜け、現在に至る。
建築的特徴
砂岩と花崗岩による二翼構成の堂々たる建築で、外観はイタリア・ルネサンスの宮殿と北ドイツ・ルネサンスの要素を融合させている。約111メートルに及ぶ正面には歴代の神聖ローマ皇帝20体の彫像が並び、中央には建物の幅に等しい112メートルの時計塔がそびえる。内部は647室を数え、皇帝の間(カイザーザール)など豪奢な広間が連なるが、内装ではネオ・ルネサンスを離れ、さまざまな歴史様式が用いられている。市の共和制を映して、上院(ゼナート)と市民議会の翼が中央の大広間を挟む構成をとり、中央の広間にはアテネ・ローマ・ヴェネツィア・アムステルダムを描いた「諸共和国の間」が置かれる。
意義・現在
ハンブルク市庁舎は、ハンザ都市としての富と独立の気概を、歴史主義の様式によって誇らかに示した記念碑である。床面積はバッキンガム宮殿をしのぐともいわれ、ヨーロッパ有数の壮大な市庁舎建築に数えられる。市政の中枢であると同時に、ガイドツアーで内部を見学でき、広場と階段は市民の集う場として親しまれている。