ウィーン中心部の広場カールスプラッツに残る、オットー・ワーグナー設計の旧シュタットバーン駅舎。1898年に建てられた二棟のパヴィリオンは、白大理石と金彩の花文をまとうユーゲントシュティールの代表作である。
§1 — 概要概要
カールスプラッツ駅(Karlsplatz)は、オーストリアの首都ウィーンの中心、内市街(インネレシュタット)の南縁に位置する。今日では地下鉄三路線が交わる市内最大の結節点だが、その地上に建築史上名高い遺構が残る。オットー・ワーグナーが手がけた旧市内鉄道(シュタットバーン)の駅舎パヴィリオン二棟である。
歴史
ウィーンを環状に結ぶシュタットバーンは、19世紀末にワーグナーの総合的な指揮のもとで整備された。カールスプラッツの駅舎は1898年に竣工し、翌1899年にアカデミー通り駅として開業した。蒸気運転の終了や路線の改編を経て、1978年には地下を走る地下鉄(U-Bahn)の駅となる。1981年の地下鉄化工事に際して駅舎には取り壊しの方針が示されたが、市民の反対を受けて保存が決まり、二棟は一度解体されたうえ、もとの位置より約二メートル高い地点に組み直された。
建築的特徴
パヴィリオンは、ほかのシュタットバーンの駅舎とは異なり、鉄骨の骨組みに薄い大理石板を張る乾式の構法で造られた。白い壁面には金彩のひまわりを思わせる曲線的な花文が連続し、軽やかな庇が水平にのびる。構造を率直に見せながら表層を平面的な装飾で飾るこの手法は、ウィーンゼツェッシオン(分離派)と歩みをともにした近代的な造形であり、重厚な石造建築から離れようとするワーグナーの立場をよく示している。意匠の細部には、同じ事務所にいたヨーゼフ・マリア・オルブリヒも関与したとされる。
意義・現在
二棟のうち一方はウィーン博物館の展示室として、他方は喫茶店として用いられ、広場のなかで対をなして残る。地下に大規模な交通機関を抱えながら、地上に世紀末ウィーンの記念碑を共存させるこの場所は、近代化と歴史的記憶のせめぎ合いを今に伝えている。建築評論家フリードリヒ・アハライトナーは、ここにワーグナーの「機能と詩」「構造と装飾」の弁証法の頂点を見いだした。二棟のパヴィリオンは、世紀末ウィーンを象徴する建築として今も広く親しまれている。