キーウのドニプロ川に架かる、ソ連初の地下鉄併用橋。1965年に開通し、地下鉄と道路を二層に通す。河上を走る赤線の車窓は市内有数の眺望として知られる。
§1 — 概要概要
キーウ地下鉄橋(ウクライナ語:Міст Метро、「地下鉄橋」の意)は、ウクライナの首都キーウでドニプロ川を渡る橋である。1965年に開通したソビエト連邦初の地下鉄併用橋で、キーウ地下鉄スヴャトシン=ブロヴァルスカ線(赤線)と自動車道路を同一の構造物に通す。右岸の丘陵に穿たれたトンネルから地上に現れた線路が、河を越えて左岸の住宅地へと延びる経路を担う。
歴史
キーウの地下鉄は1960年に右岸側で開業したが、当初は川によって左岸と分断されていた。第二次世界大戦前から、ドニプロ川の下にトンネルを通す計画も検討されたものの実現せず、戦後の路線延伸にあたって採用されたのが、河を一気に渡る併用橋であった。設計は技師ヘオルヒー・フクスとY・イノソフが主導し、1965年11月に橋が完成して地下鉄が左岸へと到達した。橋の上には同年、少年少女の彫像が据えられた。一方は鳩を放つ少女、もう一方は人工衛星スプートニクの模型を掲げる少年であり、当時のソ連が掲げた平和と科学技術の理想を表している。2022年以降の戦争では、川に隣接するドニプロ駅が一時閉鎖されたが、のちに運行を再開した。
建築的特徴
全長は約680メートル、幅は約29メートルに及び、川面から約20メートルの高さを保つ。橋は二つの区間に分かれ、ヴェネツィア島を介して右岸と左岸を結ぶ。中央の区間では、高架となった地下鉄の線路を挟むように、左右一段低い位置に自動車道が並走する。地下鉄と道路はともに緩やかな弧を描き、丘陵のトンネルへと連続する勾配に合わせて持ち上げられている。鉄筋コンクリートの高架橋を基調とした、機能を率直に造形へ移した構築物である。
意義・現在
キーウ地下鉄橋は、河によって隔てられた都市を一つに結んだソ連期の土木の到達点である。車窓から望むドニプロ川とその両岸の景観は、いまも市内有数の眺めとして親しまれている。ドニプロ駅とともに、機能性をそのまま造形へ移したソビエト・モダニズムの所産として、キーウの都市像を語るうえで欠かせない構造物となっている。