タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学 Taras Shevchenko National University of Kyiv
キーウ中心部に立つキーウ大学の本館。「赤い校舎」の名で知られ、1837年に着工した後期ロシア古典主義の建築で、聖ウラジーミル勲章の色にちなむ赤い壁と黒い柱礎が際立つ。
§1 — 概要概要
タラス・シェフチェンコ記念キーウ国立大学の本館は、ウクライナの首都キーウ中心部、ヴォロディミルスカ通りに立つ大学最古の建物である。鮮やかな赤に塗られた壁から「赤い校舎(Червоний корпус)」と呼ばれ、ウクライナの高等教育を象徴する建築として親しまれてきた。中庭を囲む巨大な方形の平面をもち、正面の長さは約一四六メートルに及ぶ。設計はイタリア系の建築家ヴィンチェンツォ(ウィケンティー)・ベレッティ(Vincenzo Beretti)。後期ロシア古典主義を代表する作例である。
歴史
大学そのものは1834年、聖ウラジーミル大学としてロシア帝国下のキーウに創立された。本館の設計はサンクトペテルブルクで競技設計に付され、ペテルブルク美術アカデミー教授ベレッティの案が選ばれる。1837年7月に礎が据えられ、丘の上の郊外に巨大な校舎が建ち上がっていった。ベレッティは1842年に世を去り、工事は息子のアレクサンドル・ベレッティが引き継いで1843年ごろに完成させた。壁が赤く塗られたのは1842年で、大学が冠した聖ウラジーミル勲章の綬の色に由来する。第二次世界大戦末期の1943年、撤退するドイツ軍によって校舎は焼かれ、大学敷地の多くが破壊されたが、戦後にアレシンらの手で当初の様式を保ちつつ修復・再建された。
建築的特徴
平面は大きな中庭を囲む閉じた長方形で、機能を内部に収めつつ街区に対して堂々たる壁面を見せる。正面(東面)は、建物の高さいっぱいに伸びるイオニア式の列柱ポルティコを長大な壁体に対置させ、記念碑的な威厳を与える。一方、植物園に面する西面はより柔らかく、半円形のアプスや壁付き柱で変化をつける。最大の特徴は彩色で、壁と柱は赤、鋳鉄製の柱礎と柱頭は黒という対比が、勲章の綬の縞をなぞる。簡潔な量塊と明快な比例、抑制された装飾は、ロシア帝国末期の古典主義建築の規範を示している。
意義・現在
赤い校舎は、19世紀キーウの都市景観に大きな影響を与えた建築であり、丘の上に据えられた量塊は街のランドマークとなった。1939年に大学はウクライナの国民詩人タラス・シェフチェンコの名を冠し、正面の公園にはシェフチェンコ像が据えられた。1994年には国立大学の地位を得ている。建物はウクライナの国家的重要建築記念物に指定され、いまも大学本館として使われ続けている。設計者ベレッティの功績を記す記念碑も、2009年に校舎正面に掲げられた。