デンマーク、シェラン島の都市ロスキレに建つ福音ルーテル派の大聖堂。12世紀後半…
ドイツ北部リューベックに建つ、1173年にハインリヒ獅子公が創建したレンガ造の大聖堂。バルト海沿岸でも最古級の煉瓦の聖堂で、ロマネスクに始まりゴシックへと姿を変えた。世界遺産リューベック旧市街の一部をなす。
§1 — 概要リューベック大聖堂(Dom zu Lübeck)は、ドイツ北部の都市リューベックの旧市街南端に建つ、ルター派のレンガ造大聖堂である。1173年にザクセン公ハインリヒ獅子公が創建したもので、バルト海沿岸でも最古級の煉瓦造の聖堂として知られる。ロマネスク様式に始まり、のちにゴシックへと姿を変えた。第二次世界大戦で大きな被害を受けたが再建され、世界遺産「ハンザ同盟都市リューベック」の一部をなす。
1160年にリューベックが司教座とされたのち、ハインリヒ獅子公は1173年、司教ハインリヒ1世とともに大聖堂の礎石を据えた。それ以前には木造の教会が建っていた。ロマネスク様式の三廊式バシリカは1230年ごろに完成し、1247年に献堂された。1266年からは東側にゴシックの内陣が増築され、側廊が身廊と同じ高さ(約20メートル)まで引き上げられて、一体的なホール式の空間が生まれた。この拡張は1341年に完成・献堂された。1942年、棕櫚の主日(3月29日)のイギリス空軍による空襲で旧市街の五分の一が破壊され、大聖堂も東側の天井が崩れ、火災で塔が倒壊するなど壊滅的な被害を受けた。再建は1960年に始まり、フリードヘルム・グルントマンとホルスト・ザントマンの設計のもとで進められ、1973年に再び献堂、1982年に完成を見た。
二本の塔をいただく重厚な外観に、ロマネスクの形を色濃く残す。当初は半円アーチと厚い壁を特徴とするロマネスクのバシリカであったが、ゴシック化によって尖頭アーチと高い天井がもたらされ、ロマネスクの量塊感とゴシックの垂直性が共存する独特の表情をもつ。良質な石材に乏しい北ドイツにあって、すべてが煉瓦で築かれている点に、バルト海沿岸の建築文化が表れている。堂内には、リューベックの彫刻家ベルント・ノトケが1477年に手がけた高さ17メートルの大十字架(トリウムフ十字)が架かり、後期ゴシック彫刻の傑作として名高い。1586年のルネサンス様式の説教壇は、フランドル出身の石工ハンス・フレミングの作である。
リューベック大聖堂は、ハンザ同盟の中心都市が育てた煉瓦建築の伝統を体現する記念碑的な存在である。空襲による破壊と戦後の再建という20世紀の試練を経てなお、中世以来の姿を今日に伝えている。市内の聖マリア教会や聖ペトリ教会などとともに、煉瓦のゴシックが立ち並ぶリューベックの歴史的景観を構成し、1987年に世界遺産に登録された旧市街の重要な一角を占める。現在もルター派の現役の大聖堂として用いられている。