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虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑
© NoRud / CC BY-SA 4.0
FIG. 01 — Q160700

虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑 Memorial to the Murdered Jews of Europe

Denkmal für die ermordeten Juden Europas

ベルリン中心部、ブランデンブルク門のすぐ南に広がるホロコースト記念碑。ピーター・アイゼンマンの設計により、2,711基のコンクリート柱が起伏する地面に格子状に並び、抽象的な形で犠牲者を悼む。

FIG. 02 — Location52.5139° N 13.3789° E
ドイツ ベルリン ベルリン
§1 — 概要

概要

正式名称を「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」といい、ホロコースト記念碑(Holocaust-Mahnmal)の通称で知られる。ベルリン中心部、ブランデンブルク門の一区画南に位置し、ナチス・ドイツによって殺害されたユダヤ人犠牲者を追悼する。かつて国家の中枢が集まった地区の只中に置かれた点も重い意味を持つ。設計は建築家ピーター・アイゼンマン、構造はビューロ・ハッポルドが担当した。

歴史

記念碑の構想は1980年代末に市民運動として始まり、設置場所や形式をめぐる長い議論を経て国際設計競技が行われた。当初の案はアイゼンマンと彫刻家リチャード・セラの共同であったが、セラは途中で離脱した。建設は2003年4月に着工し、2004年12月に構造体が完成、翌2005年5月に除幕されて一般に公開された。総工費は約2,500万ユーロであった。

建築的特徴

約1.9ヘクタールの敷地に、2,711基のコンクリート製の石柱(ステレ)が格子状に配される。柱は幅0.95メートル・長さ2.38メートルでほぼ一定だが、高さは床の起伏とともに数十センチから4.7メートルまで変化する。柱列は南北に54列、東西に87列をなし、わずかに傾けて据えられている。来訪者が柱の間の通路を進むにつれ地面は沈み込み、視界は柱に遮られて方向感覚が薄れる。明確な象徴や説明を欠いた抽象的な構成が、解釈を訪れる者に委ねる。地下には犠牲者の名を集めた「情報の場(Ort der Information)」が設けられている。

意義・現在

具象的なモニュメントを避け、歩く体験そのものによって記憶を喚起する手法は、追悼のかたちをめぐる議論を呼んだ。完成後はベルリンを代表する追悼の場の一つとなり、近現代の記念建築のあり方に大きな影響を与えた。柵も入口もなく誰もが歩み入れる開かれた構成は、記憶を日常の都市空間に編み込もうとする試みでもある。

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LAST EDIT — 2026.06.28
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