EST. 2026 — Editorial Archive of Notable Architecture
ゲットー英雄記念碑
© Adrian Grycuk / CC BY-SA 3.0 PL
FIG. 01 — Q429007

ゲットー英雄記念碑 Monument to the Ghetto Heroes

Pomnik Bohaterów Getta

ワルシャワのかつてのゲットー跡に建つ、1943年のゲットー蜂起を悼む記念碑。彫刻家ナタン・ラポポートと建築家レオン・スジンが制作し、1948年に除幕された。蜂起最初の武力衝突の地に立つ。

FIG. 02 — Location52.2497° N 20.9939° E
ポーランド マゾフシェ県 ワルシャワ
§1 — 概要

概要

ゲットー英雄記念碑(Pomnik Bohaterów Getta)は、ポーランドの首都ワルシャワに建つ記念碑で、第二次世界大戦下の1943年に起きたワルシャワ・ゲットー蜂起を記念する。かつてワルシャワ・ゲットーが置かれた区域、蜂起最初の武力衝突が起きた地点に立つ。高さは約11メートルに及ぶ。

歴史

蜂起の翌々年にあたる1946年、まず小さな円形の記念盤が同じ地に据えられた。これに続く本格的な記念碑は、蜂起から五年後の1948年4月、その記念日に合わせて除幕された。制作の中心となったのは、ワルシャワ出身のユダヤ系彫刻家ナタン・ラポポートである。建築的な構成は建築家レオン・スジンが担い、両者の協働によって彫刻と石壁が一体の記念碑となった。ブロンズ像はパリの鋳造所で鋳られ、背後の石壁にはスウェーデン産の暗色のラブラドライトが用いられた。この石材は、ナチス・ドイツが戦勝記念碑のために調達していた材であったと伝えられ、抑圧の象徴を抵抗の記念へ転じたものとして知られる。

建築的特徴

暗色の石壁を背景に、中央へ大きなブロンズの群像を据える構成をとる。正面の高浮彫は、武器を手に立ち上がる蜂起の戦士たちを劇的に表し、その中央に戦闘組織を率いたモルデハイ・アニェレヴィチを置く。一方、背面には連行されてゆく人々を低い浮彫で刻み、抵抗と受難という二つの相を一基のうちに対比させる。ラポポートによれば、背後の石壁はゲットーの壁であると同時に、エルサレムの嘆きの壁をも想起させるものであった。

意義・現在

戦後ヨーロッパにおけるホロコースト記念の先駆けのひとつであり、以後の「記憶の場」の原型となった。1970年、西ドイツのブラント首相がこの碑前にひざまずいた「ワルシャワの跪き」の舞台としても知られる。現在は、向かいに建つポーランド・ユダヤ人歴史博物館(POLIN)とともに、記憶と追悼の中心をなしている。

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LAST EDIT — 2026.06.29
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