パリ・モンマルトルのキャバレー。1889年開業。屋上の赤い風車を象徴とし、ベル・エポックの夜を彩った。現代的なフレンチ・カンカン発祥の地として知られ、トゥールーズ=ロートレックのポスターによって不朽の名声を得た。
§1 — 概要概要
ムーラン・ルージュ(Moulin Rouge、「赤い風車」の意)は、パリ北部モンマルトルの麓、ブランシュ広場に面して建つキャバレーである。1889年の開業以来、屋上に掲げられた赤い風車を目印に、歌と踊りと見世物の興行を続けてきた。建築様式そのものより、ベル・エポックのパリが生んだ大衆娯楽の象徴として、また現代的なフレンチ・カンカンの発祥地として記憶されている。
歴史
ムーラン・ルージュは、興行師ジョゼフ・オレールとシャルル・ジドレルによって1889年10月6日に開かれた。二人は建築家ではなく娯楽事業の企画者で、当時パリ郊外の歓楽街であったモンマルトルに、あらゆる階層の客が入り混じる大規模な遊興の場を構想した。屋上の赤い風車は画家・諷刺家のアドルフ・ウィレットが意匠を手がけ、かつてこの丘に点在した風車の記憶を娯楽の記号へと転じたものである。1903年には建築家エドゥアール・ニエルマンスの手でアール・ヌーヴォー様式に改装された。1915年2月の火災で建物の大部分を焼失したが、1920年代前半に再建されて営業を再開し、現在の赤い風車はこの再建時の複製にあたる。占領期を含む二〇世紀を通じて、ミスタンゲットやモーリス・シュヴァリエら多くのスターを輩出する音楽ホールとして栄えた。
建築的特徴
建築としてのムーラン・ルージュは、特定の様式を代表する記念碑ではない。最大の見どころは正面中央にそびえる赤い風車と、その台座を飾る装飾であり、通りからの強い視覚的シンボルとして機能する。1903年の改装でアール・ヌーヴォーの装飾がもたらされ、内部は大広間を中心に構成された。開業当初から舞台転換の速さと、立ち見・テーブル席を組み合わせた大空間が特徴で、再建後は鏡張りの壁と電飾によって実際より広く豪華に見せる工夫が凝らされている。建築の主役は構造や様式ではなく、毎夜入れ替わるレヴューの華やかさそのものであった。
意義・現在
ムーラン・ルージュを不朽の名声へ導いたのは、画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックである。ラ・グーリュやジャヌ・アヴリルといった踊り子を描いた彼のポスターとリトグラフは、キャバレーの図像を芸術の領域へと昇華させ、店の名を世界中に広めた。今日でも現役のキャバレーとして観光客を集め、フレンチ・カンカンを擁するレヴューを上演し続けている。建築史的には大建築とはいえないが、都市の盛り場が生んだ大衆文化と、それを記録した美術が分かちがたく結びついたベル・エポックの記念碑として記憶されている。