ロシア・サンクトペテルブルクのネヴァ川に架かる跳開橋。冬宮前とヴァシリエフスキー島を結び、1912〜1916年に建設された。夜ごと二枚の翼を跳ね上げる姿と、その間に望むペトロパヴロフスク大聖堂の尖塔が、市を象徴する眺めとして名高い。
§1 — 概要概要
宮殿橋(ロシア語: Дворцовый мост)は、ロシア・サンクトペテルブルクの中心部を流れるネヴァ川に架かる跳開橋(バスキュール橋)である。冬宮(エルミタージュ)に面する宮殿河岸と、対岸のヴァシリエフスキー島を結ぶ。1912年から1916年にかけて築かれた鋳鉄・鋼鉄造の五径間橋で、航行期には夜ごと中央の径間が二枚の翼となって跳ね上がる。その姿と、開いた翼の間に遠く望むペトロパヴロフスク大聖堂の金色の尖塔は、サンクトペテルブルクを象徴する眺めとして広く知られる。
歴史
この場所には長らく仮設の浮橋(ポンツーン橋)が架けられていたが、老朽化を受けて恒久橋の建設が求められた。1901年に設計競技が始まったものの、周囲の宮殿河岸からの景観を損なわないようにとの厳しい条件のため難航し、1901年から1911年の間に54もの案が退けられた。最終的に、技師アンドレイ・プシェニツキと建築家ロベルト=フリードリヒ(ロマン)・メルツェルの案が採用される。跳開機構はアメリカのシェルツァー社が設計し、施工はフランスのバティニョール建設会社が担った。建設は1912年に始まったが、1914年の洪水と第一次世界大戦により遅れ、橋は1916年12月23日に開通した。戦時下の開通式は質素で、装飾は未完のまま仮設の木製欄干が用いられた。装飾用の鋳鉄製欄干や街灯、管理用のパビリオンが完成したのは、ソビエト時代の1939年のことである。
建築的特徴
総延長は約260メートル、幅は約28メートルで、花崗岩で覆われた橋脚に支えられた五つの径間からなる。固定径間には、湾曲した弦材をもつ鋼鉄のリベット接合トラス(連続桁)が架けられている。最大の特徴は中央の可動径間で、二枚の翼が45度を超える角度まで跳ね上がり、大型船の通航を可能にする。橋の高さは、周囲の歴史的建造物の眺めを妨げないよう厳しく抑えられた。装飾は控えめながら、アール・ヌーヴォーの感覚を残す鋳鉄の意匠が施されている。
意義・現在
宮殿橋は、ロシアでも有数の複雑な橋梁構造として、20世紀初頭の土木技術の到達点を示す。1917年の十月革命の際には、市の制圧をめぐって占拠すべき要地の一つとされた。ソビエト時代には一時「共和国橋」と改称されたが、1944年に旧称へ戻され、その後も複数回の修復を経て、最近では1997年に大規模な改修が行われた。現在も道路・歩行者用の橋として使われ、白夜の季節には、開橋を見ようと多くの人々が河岸に集まる。ロシアの地域文化遺産に指定されている。
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