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ソビエト戦争記念碑(トレプトウ公園)
© Antoinevandermeer / CC BY-SA 3.0
FIG. 01 — Q48441

ソビエト戦争記念碑(トレプトウ公園) Soviet War Memorial

Sowjetisches Ehrenmal

ベルリンのトレプトウ公園にある、第二次大戦のソ連兵戦没者を悼む記念碑・墓地。1947〜1949年に建設され、建築家ベロポーリスキーと彫刻家ヴチェーチチらが手がけた。子どもを抱く高さ約12メートルの兵士像で知られる社会主義リアリズムの記念建築。

FIG. 02 — Location52.4861° N 13.4717° E
ドイツ ベルリン ベルリン
§1 — 概要

概要

ソビエト戦争記念碑(Sowjetisches Ehrenmal)は、ドイツの首都ベルリンのトレプトウ公園にある戦争記念碑であり、同時に軍人墓地でもある。1945年のベルリン市街戦で戦死した赤軍兵士のうち、約7,000人がここに埋葬されている。ベルリンに築かれた三つのソ連戦争記念碑のうち最大のもので、東ドイツ時代には国家の中心的な記念施設とされた。社会主義リアリズムの記念建築を代表する作例である。

歴史

第二次大戦の終結後まもなく、ソ連軍政当局は戦没者を悼む記念碑の設計競技を行った。33の案のなかから、建築家ヤコフ・ベロポーリスキー、彫刻家エフゲニー・ヴチェーチチ、画家ゴルペンコ、技師ワレリウスからなる「創作集団」の案が選ばれた。建設は1947年に始まり、約1,200人の労働者が動員されて、ドイツ降伏から4年後にあたる1949年5月8日に除幕された。中央の兵士像はレニングラード(現サンクトペテルブルク)で鋳造され、分割して運ばれたうえで現地で組み立てられた。

建築的特徴

記念碑は約10ヘクタールに及ぶ細長い敷地に、明確な軸線に沿って構成される。入口のアーチ状の門をくぐると、嘆く母を表す像が立ち、並木道の先には赤い花崗岩でかたどられた二本の旗が向かい合う。中央の広場には、当時の16のソ連邦構成共和国にちなむ16基の石棺が並び、戦闘の場面とスターリンの言葉が刻まれている。軸線の終点、塚の上にそびえるのが、ヴチェーチチによる高さ約12メートルの兵士像である。子どもを抱き、剣で鉤十字を砕くその姿は、解放者としての赤軍を象徴する。

意義・現在

この記念碑は、戦勝と犠牲を壮大な尺度で可視化する社会主義リアリズムの記念空間として、政治的・象徴的な意味を強く帯びてきた。冷戦期には東ドイツの公的儀礼の舞台となり、ドイツ統一後は1992年のロシアとの協定にもとづいてドイツが維持管理を引き継いだ。2000年代に大規模な修復が行われ、現在は戦没者墓地として、また歴史を伝える場として保存されている。

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LAST EDIT — 2026.06.25
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