スタディオ・レンツォ・バルベラ Stadio Renzo Barbera
イタリア・シチリア島パレルモのサッカー専用競技場。サンタンジェロの合理主義設計により1931年に着工し、翌1932年に開場した、パレルモFCの本拠地である。
§1 — 概要概要
スタディオ・レンツォ・バルベラ(Stadio Renzo Barbera)は、イタリア・シチリア島のパレルモにあるサッカー専用競技場である。市北部のファヴォリータ公園に位置し、長く「ラ・ファヴォリータ」の名で親しまれた。現在はパレルモFCが本拠地とする。2002年、1970〜80年代にクラブを率いた元会長レンツォ・バルベラを記念して現名に改められた。
歴史
競技場は1931年、建築家ジョヴァン・バッティスタ・サンタンジェロの合理主義(ラツィオナリズモ)に基づく設計で建設され、1932年1月24日に総合スポーツ施設として開場した。当初の名はファシズム期を反映した「スタディオ・リットリオ」で、こけら落としはパレルモ対アタランタの一戦であった。その後、1936年に戦死者を悼む「スタディオ・ミケーレ・マッローネ」、第二次大戦後の1945年に公園にちなむ「ラ・ファヴォリータ」へと改称を重ねる。1990年のイタリアワールドカップに際しては、技師ニコラ・トロッコリの構造設計のもとで大規模に改修され、両ゴール裏に観客席が増設された。
建築的特徴
原設計は、両大戦間期のイタリアを席巻した合理主義建築の文法に立つ。装飾を排し、鉄筋コンクリートの構造を率直に見せる明快な造形は、同時代の駅舎や公共施設と通じる。当初は陸上トラックを備えた競技場で、ゴール裏に席のない開放的な平面であったが、ワールドカップに向けた改修で四方を客席が囲むサッカー場へと姿を変えた。すり鉢状に立ち上がる観客席と、地中海の光のもとで白く映えるコンクリートの構築が、この競技場の表情をつくっている。
意義・現在
スタディオ・レンツォ・バルベラは、ファシズム期の競技場建築が、政治的な名を脱ぎ捨てながら街のスポーツの中心として生き続けてきた例である。幾度かの改称と改修を経てもなお、開場以来一貫してパレルモのサッカーを見守ってきた。現在の収容は約3万6千で、シチリアのサッカー文化を象徴する場であり続けている。
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Related※ イタリアにはパノラマの自由がなく、本建築の意匠は著作権存続中(設計者は1966年没)。掲載写真の利用にあたっては撮影者表示(CC BY-SA 4.0, © SonoGrazy)と各国法令に留意のこと。