スタジオ54 Studio 54
ニューヨーク、ミッドタウン・マンハッタンの劇場。1927年にユージン・デ・ローザの設計でガロ・オペラ・ハウスとして開場し、CBSのテレビスタジオを経て、1977年に伝説的ディスコ「スタジオ54」となった建物。現在はブロードウェイ劇場。
§1 — 概要概要
スタジオ54は、ニューヨーク市マンハッタン、西54丁目254番地に建つ劇場。1927年にプロセニアム形式のオペラ劇場として開場した建物が、半世紀後にディスコ文化の象徴的存在となり、現在はブロードウェイの上演劇場として使われている。建築としての意匠以上に、一つの容れ物が時代ごとに用途を変えながら生き延びた来歴によって知られる。
歴史
建物は、イタリア出身の興行師フォーチュン・ガロが、自らの巡業歌劇団サン・カルロ・グランド・オペラ・カンパニーの常設拠点として建てたもので、設計は劇場建築を多く手がけたユージン・デ・ローザが担った。当初の計画は、16階建てのオフィスビルの低層部に1,400席の劇場を収めるものであった。1927年11月8日、《ラ・ボエーム》の上演とともに「ガロ・オペラ・ハウス」として開場する。しかし興行は振るわず、1929年の株式市場暴落を経て差し押さえられた。以後この建物は「ニューヨーカー劇場」、ナイトクラブ「カジノ・ド・パレ」、連邦音楽計画の劇場などと、めまぐるしく名と用途を変える。1942年にはCBSが取得し、放送スタジオ「スタジオ52」として《ホワッツ・マイ・ライン?》などの番組を収録する場となった。
ディスコの時代
1976年にCBSが退去すると、翌1977年にスティーヴ・ルベルとイアン・シュレーガーがこの空間を改装し、所在地の番地から「スタジオ54」と名づけたナイトクラブを開いた。劇場の舞台機構や照明設備を残したまま転用した内部は、可動式の照明バーや大がかりな装置を備え、ディスコ全盛期のニューヨークを代表する社交場となる。厳格で恣意的な入店審査と著名人の出入りによって世界的に知られたが、1980年に創業者が脱税で有罪となって売却され、クラブは1986年に閉鎖された。
現在
1998年、ラウンドアバウト・シアター・カンパニーが建物を劇場へ改装し、ミュージカル《キャバレー》の再演を上演して再生させた。ナイトクラブ時代のテーブルは撤去され、傾斜した客席が据えられている。今日のスタジオ54は約1,000席のブロードウェイ劇場として定着し、オペラ劇場・放送局・伝説のディスコという三つの記憶を、一つの建物に重ねている。