アテネ近郊、パルニサ山麓に広がる旧ギリシャ王家の夏の離宮。1872年にゲオルギオス1世が取得した所領に、建築家サヴァス・ブーキスの設計で1884年に着工、1886年に完成した。英国風の田園邸宅を範とする。
§1 — 概要概要
タトイ宮殿(Tatoi Palace/ギリシア語:Ανάκτορο Τατοΐου)は、アテネ中心部の北、パルニサ山の南東斜面に広がる、旧ギリシャ王家の夏の離宮である。一帯は古代にデケレイアと呼ばれた地で、約42平方キロメートルに及ぶ広大な森林の所領のなかに宮殿が建つ。
歴史
1872年、ギリシャ王ゲオルギオス1世は、建築家エルンスト・ツィラーの勧めもあって、デンマークから持参した私財でこの所領を購入した。当初は1874年に最初の客舎が建てられたが、王家の人員増にともない新たな離宮が必要となり、建築家サヴァス・ブーキス(Savvas Boukis)が設計者に選ばれた。ブーキスは1880年にロシアへ派遣され、ペテルゴフのいわゆる「農場宮殿」を範として英国風の田園邸宅をまとめた。新宮殿は1884年に着工し、1886年に完成した。1916年には放火により大きな被害を受け、多くの犠牲者を出している。
建築的特徴
宮殿は、華美な宮廷建築というよりも、英国の田園邸宅に範をとった、簡素で実用的な二階建ての邸宅である。深い森と緩斜面という自然環境に溶け込むよう構えられ、王家の私的な避暑の場としての性格を色濃くもつ。所領のなかには厩舎や付属建築、さらに王族の墓所も含まれ、宮殿単体ではなく、一つの自立した所領全体として営まれた点に特徴がある。
意義・現在
タトイは、近代ギリシャ王政の私的な生活の舞台として、王家の歴史と分かちがたく結びついた場所である。1973年前後に放置され、1994年から2003年にかけて国有化されたのち、長く荒廃にさらされてきた。近年はギリシャ政府と「タトイの友の会」によって、博物館・公共施設として再生する修復事業が進められている。