ロドス島の港に立っていた、太陽神ヘリオスの青銅の巨像。前280年頃、彫刻家リンドスのカレスが、敵軍を退けた勝利を記念して築いた。高さ約33メートルは古代世界で最も高い像であったが、半世紀ほどで地震に倒れた。古代世界の七不思議の一つである。
§1 — 概要概要
ロドス島の巨像(Colossus of Rhodes)は、かつてエーゲ海のロドス島の港のかたわらに立っていた、太陽神ヘリオスの青銅の巨像である。古代世界の七不思議の一つに数えられ、高さは約33メートル、古代においてもっとも高い像であった。現在は失われ、残っていない。
歴史
前305年、ロドスはマケドニアのデメトリオス1世に包囲されたが、これを耐え抜いた。翌年、敵が残していった攻城兵器を売り払い、その資金で、守護神ヘリオスへの感謝として巨像を築くことが決められた。製作を指揮したのは、ロドスのリンドス出身の彫刻家カレスである。大彫刻家リュシッポスに学んだ人物であった。
工事は前292年頃に始まり、およそ十二年をかけて、前280年頃に完成した。像は半世紀あまりのあいだ港を見守ったが、前226年頃の地震によって膝のあたりから折れ、倒れてしまう。エジプト王プトレマイオス3世は再建の費用を申し出たが、ロドスの人々は、神託を恐れて再建をためらった。倒れた巨像はその後も長く地に横たわり、断片となってなお見る者を驚かせたという。やがて7世紀、像の残骸は青銅の屑として売り払われ、運び去られた。
建築的特徴
巨像は、鉄の骨組みに青銅の板を貼り合わせて造られ、内部は石で重しをして安定させた。白い大理石の台座の上に立っていたと伝えられる。なお、二本の脚で港の入口をまたいで立ち、その下を船がくぐったという有名な姿は、中世に生まれた想像であり、技術的にもありえない。実際には、両脚をそろえて直立していたと考えられている。
意義・現在
ロドス島の巨像は、ヘレニズム時代の都市が、その富と誇りを記念碑に託した、壮大な営みの象徴である。実物はとうに失われたが、その名は「巨像(コロッサス)」という語そのものを生み、後世に長く語り継がれた。19世紀、自由の女神像を構想した彫刻家バルトルディも、この古代の巨像から着想を得たといわれる。