ホワイト・ハート・レーン White Hart Lane
ロンドン北部トッテナムにあったサッカー専用競技場。1899年に開設され、トッテナム・ホットスパーの本拠地として118年間使われたが、2017年に解体された。スタンドの多くは競技場建築家アーチボルド・リーチの設計による。
§1 — 概要概要
ホワイト・ハート・レーン(White Hart Lane)は、ロンドン北部トッテナム地区にあったサッカー専用競技場である。1899年から2017年まで、イングランドの名門クラブ、トッテナム・ホットスパーFCの本拠地として使われ、ファンには「ザ・レーン(The Lane)」の愛称で親しまれた。観客席の多くは、20世紀初頭のイギリスを代表する競技場建築家アーチボルド・リーチの手による。全面解体された跡地には、2019年に新本拠地トッテナム・ホットスパー・スタジアムが建っている。
歴史
クラブは1899年、トッテナム・ハイ・ロード沿いの旧苗床跡地に移転し、当初は仮設の木造スタンドで約15,000人を収容した。観客の増加に応えて段階的に整備が進み、1909年にはリーチ設計の二層式メインスタンド(西スタンド)が完成する。屋根の妻面に掲げられたクラブ名と、頂部の銅製の雄鶏(コッカレル)の像は、以後この競技場の象徴となった。1920年代から1930年代にかけてもリーチの設計で各スタンドが拡張され、1934年の東スタンド竣工でほぼ完成した姿に到達した。1938年には75,038人という最多入場記録を残している。ヒルズバラの惨事を受けた1990年代の全席指定化で収容人数は36,284人に縮小し、2017年5月14日のマンチェスター・ユナイテッド戦を最後に118年の歴史を閉じた。
建築的特徴
ホワイト・ハート・レーンは、特定の建築様式を標榜する記念碑ではなく、観戦という機能に最適化された都市型競技場の典型である。リーチは鉄骨とコンクリートを用い、ピッチを四方から囲む密集した観客席を組み上げた。座席と立見席(パドック)を重ねた二層構造、視界を妨げない大スパンの屋根、妻面を飾る簡素な装飾は、彼が各地のサッカー場で確立した手法であった。四方を建物で閉じた構成は観客の声を反響させ、独特の濃密な雰囲気を生んだ。後年の改修では両ゴール裏に屋根へ組み込まれた大型スクリーンが設けられ、近代的な設備が加えられていった。
意義・現在
アーチボルド・リーチは、スタンフォード・ブリッジやオールド・トラッフォードなど英国各地の競技場を設計した「サッカー場建築の父」と呼ばれる人物であり、ホワイト・ハート・レーンはその仕事を長く今に伝える場であった。一世紀以上にわたって地域の記憶と一体化したこの競技場は、2017年に新スタジアム建設のため解体された。雄鶏の像や、東スタンドの立見区画「ザ・シェルフ」など旧競技場の記憶は、同じ敷地に建つ新本拠地にも引き継がれている。現存はしないが、英国サッカー文化を語るうえで欠かせない場所である。