スタッド・オランピック・イヴ=デュ=マノワール Yves du Manoir Stadium
パリ近郊コロンブの競技場。1924年パリ五輪の主競技場としてフォール=デュジャリックが鉄筋コンクリートの観覧席を築き、2024年五輪のホッケー会場として全面的に再建された。
§1 — 概要概要
スタッド・オランピック・イヴ=デュ=マノワール(Stade olympique Yves-du-Manoir)は、パリ北西郊のコロンブにある競技場である。1924年のパリ・オリンピックで主競技場を務めたことで知られ、1928年に飛行機事故で世を去ったラグビー選手イヴ・デュ・マノワールを記念して、同年に命名された。
歴史
起源は1907年に新聞社が整備した競技場にさかのぼる。1924年の五輪を機に大規模な改築が行われ、建築家ルイ・フォール=デュジャリックの設計で鉄筋コンクリート造の観覧席が築かれた。五輪当時の収容は約4万5千人で、陸上・体操・テニスのほか、自転車や馬術などの会場ともなった。その後の拡張で収容力は6万人を超え、1938年にはサッカー・ワールドカップの決勝が開かれた。1972年にパルク・デ・プランスが改修されるまで、フランス最大の競技場であり続けた。
建築的特徴
五輪のために整えられた施設の中核は、当時として先進的な鉄筋コンクリートの大観覧席であった。長く陸上トラックがフィールドを囲み、陸上・サッカー・ラグビーの舞台となった。2021年から2023年にかけてセルニキエ&グラブリの設計、レオン・グロスの施工で全面的に再建され、歴史的な観覧席は座席を改めつつ保存される一方、陸上トラックは取り払われて競技機能が一新された。
意義・現在
再建後の複合施設はフランス・ホッケー連盟の拠点となり、照明を備えた人工芝のピッチを擁して、2024年のパリ・オリンピックではフィールドホッケーの会場として用いられた。再建以前にはラグビーのレーシング92が長く本拠としていたが、2017年にナンテールのパリ・ラ・デファンス・アリーナへ移っている。一世紀にわたり国際大会の舞台を担い続けた、フランス近代スポーツの記念碑的な場である。
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Related※ 本画像は2024年に再建された競技場を含む。フランスには商用利用に及ぶパノラマの自由の規定がないため、近年の建築部分を含む写真の利用には留意が必要。写真自体はCC0で提供されている。