ベトナム中部、山に囲まれた盆地にあるチャンパ王国の聖域。4世紀末から13世紀にか…
チャンパ建築(Cham architecture)は、2世紀末から19世紀前半にかけて現在のベトナム中部・南部の沿岸に存続したチャンパ王国で、チャム人が築いた宗教建築の伝統である。インドから伝わったヒンドゥー教、とりわけシヴァ派と仏教を背景に、焼成煉瓦を主材とする塔状の祠堂を発達させた。
最初期の祠堂は木造で、4世紀末にミーソンでシヴァを祀る堂が建てられたことが碑文から知られるが、現存しない。7世紀以降、建物は煉瓦と砂岩で築かれるようになり、現存する遺構の多くは8世紀から13世紀のものである。
寺院の中心は、チャム語でカランと呼ばれる塔状の祠堂である。方形の基壇、聖室を収めた身舎、段状に逓減する屋根の三層で世界の中心の聖山をかたどり、多くは東に入口を開いて、ほかの三面には偽扉を設けた。身舎の壁面は付け柱と縦の装飾帯で垂直性が強調され、屋根の各段は小さな塔状の飾りで縁取られる。祠堂の前には儀礼のためのマンダパ、傍らには鞍形屋根のコーサグリハが置かれ、周壁と門塔が全体を囲んだ。初期には三基の祠堂を横に並べる構成が多く、9世紀以降はシヴァを祀る一基を中心とする配置が現れる。
建材の扱いにこの建築の個性がよく表れる。煉瓦はごく薄い目地で密に積まれ、壁面装飾の多くは積み上げたのちの煉瓦へ直接彫り出された。戸口の枠や台座には砂岩が用いられ、神像や天女、動物の精緻な浮彫が施された。
美術史では、遺跡名を冠した一連の様式によって変遷が整理されている。8世紀前後のミーソンE1様式、9世紀初め前後のホアライ様式、仏教寺院を中心とする9世紀末のドンズオン様式、10世紀のミーソンA1様式を経て、11世紀末以降は王国の中心が南へ移るのにともない、ビンディン地方の塔堂群に代表される様式が展開した。南部にはニャチャンのポー・ナガル、ファンラン近郊のポー・クロン・ガライ(13世紀末)などが残り、17世紀のポー・ロメが最後期の例とされる。
南インドの寺院建築を源流としつつ、隣接するクメールやジャワとも交流するなかで形成された。石造を主としたクメール建築に対し、煉瓦の塔堂を洗練させた点に特色がある。戦乱と放置によって多くの遺構が失われ、残る祠堂も保存上の課題を抱えている。