ドラヴィダ建築
Dravidian architectureドラヴィダ建築(Dravidian architecture)は、南インドで発達したヒンドゥー教寺院建築の様式で、南方型寺院様式とも呼ばれる。インドの伝統的な建築論では寺院形式の三類型の一つに数えられ、北インドのナーガラ様式、両者の性格をあわせもつヴェーサラ様式と並置される。現存例の大半は、タミル・ナードゥ、カルナータカ、ケーララ、アーンドラ・プラデーシュ、テランガーナの諸州とスリランカに分布する。
もっとも明確な特徴は、聖室(ガルバグリハ)の上に立つ塔の形にある。北インドのシカラが曲線を描いて高くそり上がるのに対し、ドラヴィダ様式のヴィマーナは方形の層を段状に逓減させて積む角錐形をとり、頂部に小さなドーム状の冠部を載せる。境内は方形の周壁で囲まれ、門にはゴープラムが立ち、聖室の前には列柱のマンダパが軸線上に連なる。入口と聖室を守る一対の守護神像、聖室外壁の壁龕に置かれる神像、沐浴や儀礼に用いる聖池も定型をなす。設計と造営は『マヤマタ』『マーナサーラ』などの建築書と、寺院儀礼を定めたアーガマ文献の規範に従う。
石造寺院としての展開は7〜8世紀のパッラヴァ朝に始まり、マハーバリプラムの海岸寺院やカーンチープラムのカイラーサナータ寺院が初期の到達点を示す。デカン高原ではチャールキヤ朝やラーシュトラクータ朝がこの形式を取り入れ、エローラのカイラーサ寺院のような岩から彫り出した巨作も生まれた。11世紀のチョーラ朝は、タンジャーヴールのブリハディーシュヴァラ寺院でヴィマーナの規模を極限まで高める。その後、パーンディヤ朝、ヴィジャヤナガル王国、ナーヤカ朝の時代には周壁が幾重にも拡張され、各辺のゴープラムが本殿の塔をしのぐほど巨大化して、マドゥライのミーナークシ寺院のような都市的な規模の寺院群が形成された。様式は16世紀ごろまでに完成形に達したとされる。
タミル語圏の建築を総称するタミル建築とは大きく重なり、その中核をなす。南インドの寺院は現在も同じ規範に沿って新築と修復が続けられており、ドラヴィダ様式は過去の様式であると同時に生きた造営の伝統でもある。
代表建築
Buildings