ジャーレ墓地 Žale Central Cemetery
スロベニアの首都リュブリャナの中央墓地。ヨジェ・プレチニックが設計した記念門と「諸聖人の庭」(1938–40)で知られ、独自の古典解釈による墓地建築の傑作とされる。
§1 — 概要概要
ジャーレ墓地は、スロベニアの首都リュブリャナの中央墓地であり、同国最大の墓地でもある。建築としての名声は、ヨジェ・プレチニックが設計した記念門と、その奥に広がる「諸聖人の庭(諸聖人公園)」(1938–40年)にある。生者の街と死者の領域を分かつ門を構え、墓地全体を一つの建築的構想のもとに編んだ、近代の墓地建築を代表する作品である。
歴史
墓地そのものは1906年に開かれ、同年から埋葬が始まった。市の拡大にともない墓域の拡張が課題となり、1930年代に中央墓地と位置づけられて計画が進められる。建築家イヴォ・スピンチッチの案が当局の意に沿わなかったため、1936年に新たな設計がプレチニックに委ねられ、彼の構想による新区画は1938年から1940年にかけて築かれた。なお、墓地内には弟子のエドヴァルド・ラヴニカールが手がけた第一次世界大戦戦没者の納骨堂(1939年)もあり、師弟の仕事が並び立つ。
建築的特徴
記念門は、列柱(コロネード)からなる荘重な構えで、訪れる者に敷居をまたぐ意識をうながす。門の奥の「諸聖人の庭」には、葬送の儀礼に用いる礼拝堂が点在し、それぞれが異なる歴史的様式の語彙——古典・エジプト・ビザンティンなど——をまとう。あたかも小さな建築の都市のように配されている。門と庭を貫くのは列柱と幾何学を基調とした明快な構成で、装飾は抑制されながらも象徴性に富む。プレチニックは歴史主義にも純粋な機能主義にも与せず、古典の語彙を独自に組み替えることで、追悼の場にふさわしい厳粛さと多様さを与えた。
意義・現在
ジャーレ墓地のプレチニックによる区画は、2021年にユネスコ世界遺産「リュブリャナのヨジェ・プレチニックの作品群——人間中心の都市デザイン」の構成資産として登録された。建築家の後期を代表する仕事の一つであり、現在もリュブリャナの中央墓地として機能しながら、死者を迎える建築の力を静かに伝えている。